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第五十三話 白菊丸と丞蝉(一)

 その夜より丞蝉は、秘術書を紐解くことに熱中した。

 その場にあった一切合財の書を自室に運び入れ、ひとり書にふけった。

 実はこれらの書を見たとたん、丞蝉は雷に打たれたような衝撃を受けていた。

 これこそ自分が、長きに渡り待ち望んでいたものだという強い直覚が突き上げたのである。

 それは白菊丸のために強くなりたいという思いとは、明らかに別もののように感ぜられる。

 心の何かが働き触れ合う感覚に、彼は思わず声を漏らしていた。

「これは……これは」


 俺を待っていたのか。


 その思いを肯定するかのように、一瞬、埃にまみれた書から、ゆらり、と赤い気炎が上がった。


 この怪僧が突如、しばらく姿を見せなくなったことに智立始め皆首をかしげたが、細田家の家臣たちが彼を好ましく思っていないことに気づいていたので、丞蝉の方でも距離を置いているのだろうと解釈した。

 だが、智立が家臣たちに事情を説明し、山根勝之進を除く五名が山を下りて三日目、丞蝉を訪ねた者がある。

 白菊丸であった。

 白菊丸は忍ぶように部屋の前へやってくると、恐る恐る声を掛けた。

「あの……丞蝉殿、ご在室か? 私です、白菊丸です。入ってもよろしいでしょうか?」 

 中からは返事がなく、白菊丸が困っていると、すっと障子が開いた。

 無精髭の伸びた丞蝉がうっそりと立っている。

 思わず逃げ出したくなる風貌だが、丞蝉がすっと半身を開いたので、白菊丸は軽く会釈し中へ入った。


 まだ陽は高かったが、丞蝉の部屋はやや東向きであるため、薄暗い。

 それでも明かりも灯されていない部屋は、乱雑に散らばった書に埋め尽くされ、彼がたった今まで読みふけっていた様子が窺える。

「お邪魔をいたしましたでしょうか」

「構わん」

 白菊丸は再び丞蝉の前に両手をつくと、「機が合わず、只今まで申しそびれておりました」と言い、深々とお辞儀をした。

「こたびのこと、重畳御礼申し上げます。これで一族の仇討ちが出来るというもの」

「当然だ。俺はそなたの念者であるからな」

 白菊丸がこわばるのを、丞蝉は皮肉のこもった笑いを浮かべながら見ていた。

 ――俺を念者にしたのを家臣に(とが)められたのであろう。だが俺はお前の念者だ。俺はお前を誰にも渡さぬぞ。

 見る見ると丞蝉の中に欲情が湧いた。

 彼はこの数日、抑えに抑えてきたものが一気に(ほとばし)るのを覚え、白菊丸の手首を取ると肩を引き寄せ口を寄せた。

「白菊丸……」

 無抵抗に、だが固く目を瞑り続ける寵児の耳朶(じだ)に、「後でお父上や兄上の最期をお聞かせ申そう。御遺体のありかも、お明かし申そう」と囁く丞蝉であった。

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