第五十一話 不測の心
丞蝉と平助が、六人の細田家家臣を伴って円嶽寺に戻ってきたのは、七月も半ばである。
白菊丸の喜びようは大変なものであった。
むろん、家臣たちはそれ以上の歓心で、芝居がかった対面が一刻ほども続けられ、見ている丞蝉の方は、ただただ唖然とするばかり。終いにはいつまで続けるのかと、腹立ちまでしてきた。
――早く白菊丸と二人になりたい。
だがそれは、六人の家臣を連れてきた時点で、もはや困難になっているということに彼は気づかなかったのである。
今や白菊丸は、単なる円嶽寺の稚児ではなく、細田家当主なのだ。
そういう自負もあるのだろうか、心なしか丞蝉には白菊丸がよそよそしく感じられた。なぜか意識して目を合わそうとしない。
丞蝉が顔を難しくして座っていると、天礼が声を掛けてきた。
「よくぞ無事に戻ったな。それに家臣も大勢、よく見つけられたことだ」
「あちらから寄ってきたのだ」
丞蝉は面白くなさそうに答える。
「たいした苦労はなかったわ」
六人の武者が、頬の紅潮した若い当主を囲み、立ち代わり媚びた声で撫でている。
――あの中に、自分は到底入ってゆけぬ。
そういう思いが心底からぐらぐらと沸き上がり、丞蝉はいきなり乱暴に立ち上がると、その場から立ち去った。
背中で天礼がなぜか笑っているように思え、一層癪に障るのを覚えながら。
翌朝、丞蝉が智立老師に改めて会った時、師は彼の無事な帰還を喜んでくれてはいたものの、細田家家臣たちの来訪はいかんせん、あまり歓迎すべきことではないと語った。
あのように物々しい武士たちが大勢やってきては、すぐに噂が立つだろう。そうすれば、白菊丸をかくまってやることが出来なくなる。下手をすれば、国人たちが山を登って寺へ押し寄せてくるやも知れぬのだ。
「あの者たちを寺へ置くことは出来ぬ」
智立は眉を寄せ、渋い顔でひっそりと言った。
「あの者たちが、すぐにでも白菊丸殿を連れて行こうと言うのなら止めはせぬ。わしには止める権利はない。……じゃが、まだ時機尚早じゃと思う。それに、お前はどうするつもりじゃ。共に行くのか?」
丞蝉はまなじりをぎっと吊り上げ、昂然と言った。
「いえ。行きませぬ。白菊丸も、行かせませぬ」
昨夜ひとり寝に耐えた丞蝉は、今夜こそ白菊丸と二人で過ごそうと思っていた。しかし何たることか、体よく家臣たちに阻まれてしまった。
彼らは、智立にはそれなりの敬意を払っていたが、丞蝉のことは、所詮一介の僧に過ぎぬと見た。
加えて、あろうことか、どうやらこのいかつい僧侶が我ら当主の念者らしいということを察してからは邪魔が露骨になり、丞蝉が白菊丸について部屋へ入ろうとしたところ、「坊主は遠慮願おう」と滝権三衛門にぴしゃりと言われてしまった。
丞蝉は拳を震わせた。
――なぜ俺が、こんな屈辱を受けねばならぬ? 人を何だと思っているのだ。
その闘争心に火がつくのを、柱の陰から見ていた男がある。