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第五十話 魔性の夜

 無理矢理白菊丸を奪った後の天礼は、まるで人が変わったかのごとく傍若無人に振舞うようになった。

 その同じ夜も、白菊丸の部屋に忍んでくると即座に床の中に滑り入り、驚いて抵抗出来ない白菊丸の肌を撫で回した。


 怖いぐらいに優しい声が、白菊丸の耳を通じ、脳を穿(うが)つ。

「昼間はあまりにもあっけなく終わり過ぎて、可愛そうでしたな。今夜これから存分に可愛がって差し上げましょう」

 そう言って体に口付ける。

 あっ、と白菊丸が体を揺らすと天礼は自信を得たように、ふっと笑い、なおも右手を下肢へと滑らせた。

「寂しかったのでありましょう? この天礼がお慰め申し上げましょう。さあ……」


 こんなことはいけない、そう思うのだが体が動かない。一度征服されてしまった体は、もはや相手の言いなりだった。

 知らず知らず息が荒げ、それは愉悦の吐息となった。

 そういう時、天礼が口を合わせてきたのだ。

 自分の口の中に何かが入ってきたので、驚いて思わず相手の肩を押し返す。だが、しっかりと顔を押さえられ激しく吸われるうちに、白菊丸の中で何かがはじけた。


 実際、こんな接吻は初めてだった。

 丞蝉はいつも唇を合わせて吸うだけだった。

 天礼のやり方は、白菊丸の意識を奪いかけたのである。

 体が宙を彷徨う快感であった。

 そう、丞蝉は白菊丸を愛しむ思いだけが先走り、実際の行為となると存外粗雑であったかも知れぬ。

 その点天礼は、相手を酔わせ、自分も楽しむ術を熟知していたといえよう。


 この夜、二人は朝まで果てしなく酔い続けた。



 その頃、高香もまた、智立の臥所(ふしど)にいてぼんやりと思いを馳せていた。


 最近なぜか、目に浮かぶはあの乙女の白い顔。

 高香も十一歳、そろそろ色づいてきたのかも知れぬ。

「どうした。何を考えておる」

 智立のその声に、はっと我に返る。

「いいえ老師、何も……」

 この年、齢五十を迎えた智立法師は、先ごろ法会(ほうえ)を執り行なった際より、「老師」という尊称で呼ばれるようになっていた。

 高香にとって、そんな智立は親とも等しい存在である。そしてこの時代は、こういう行為を通してその絆を深めていた。

 智立はいつも、体の弱い高香をいたわるように、穏やかに寵する。同時に己の尊い気を高香に伝達し、共有するのである。それがため、二人の結びつきは肉体的というより精神的に強められるのであった。


 だがいかな智立でも、その時高香が思っていたのが女のことであったとは、夢にも思い知るまい。

 高香は母を思い重ねるうち、ついに、あの乙女の幻影に恋していたのであろう。

 あの瞳のつつましさを思い出すと、高香の中で何かがあふれ出そうになる。

 それは、甘酸っぱい感情を伴って、高香の胸を焼いた。

 そんな時師の指に触れられると、普段絶対に見せない彼が現れてしまい、それは少なからず智立を驚かせた。

「段々、大人になってゆくのう」

 そんな智立の笑い声にも、ただ赤面して顔を伏せるのみであった。

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