第五話 村祭り(二)
ひと仕事を終えて、和尚がしのの様子を見に行くと、しのは疾風の膝の上で手鞠を大事そうに抱いたまま、ぐっすりと眠っていた。
「おお、これは……」
思わず和尚が声を出すと、疾風が口の前に指を一本立てて、「しいっ」と言う。
和尚は頷いて急いで布団を取ってくると、部屋に敷いてそっとしのを寝かせた。
「いててて……」
後ろで疾風が足を抱えて引っ繰り返り、大袈裟に七転八倒している。
「どれくらいしのを膝に乗せていたのじゃ? すまんかったのう」
「いいさ。すぐ治る……いでで……」
「さすが疾風じゃ。よう遊んでくれたようじゃな。ぐっすり寝ておる」
疾風は和尚のその言葉に嬉しそうに頬を染め、寝そべったまま両肘をついてしのの方を向いた。
「ミョウジ、しのはどこから来たんだ? これからずっと、寺にいるのか?」
「しのはの……前は笹無村におったのじゃ。事情があってこの寺の子になった。だからずっとこの寺におるとも。疾風、おまえ、しのの面倒を見てやってくれるかの」
疾風はくすりと笑い、小鼻を抓みさする。
「な、ミョウジ。しのは女みたいによく笑うぞ。それに動きはのそのそして、まるで小熊だ。一生懸命鞠を追って、疲れたらいきなり俺の膝の上で寝てしまった……次郎吉より手がかかりそうだな。でも、ま、いいや。よし、しのも今日から俺の弟にしてやる」
夕刻、早めの夕餉を済ませ、和尚、作造、疾風たちは祭り用に特別に作った提灯を下げ、しのを伴い村へ下りていった。
疾風は右手に提灯を持ち、左手はしのの手を握っている。
しのはすっかり疾風になつき、「はやて、はやて」と嬉しそうに声を上げてはしゃいでいたが、村に入る頃、人々が和尚や疾風に声をかけ始めてからは、急に大人しくなった。
指をくわえ、疾風の後ろに隠れるようにしてついてゆく。
ついにしのは、疾風から離れると和尚の側へ行き、黒い法衣に隠れてしまった。
「どうしたね、しの。恥ずかしいのか?」
すると疾風がしのの前に行き、目線を合わせてにっこりと笑って見せた。
「しの、これからしのにも仲間ができるんだぞ。俺と一緒にいよう。大丈夫、俺がおまえを守ってやるから」
そうして、「ほら、おいで」と手を差し出す。
しのは、おずおずとその手を取った。
「よし」
疾風は頷くと、しのの頭を撫でた。
と、その時である。
「兄貴っ」と声がして、男の子が二人、こちらへ走って来るのが見えた。
年の頃は、一人は疾風より少し下くらいで、もう一人はしのより少し大きいくらいだ。
やはり手にはそれぞれ提灯を下げている。
「おう、長吉に次郎吉か」
二人はすぐにしのに気がついた。
「あれ? 兄貴、そいつは誰だい」
「だいっ」
兄の長吉について、弟の次郎吉が言葉尻だけを繰り返す。
それから二人は和尚と作造にも気がつき、慌てて挨拶をした。
「あっ、こんばんは。ミョウジ、作造さん」
「さんっ」
和尚はにこやかに頭を下げて見せる。
「これはこれは、こんばんは。二人とも、偉いのう。きちんと挨拶ができるのじゃな」
作造も二人に挨拶を返し、
「さすが、疾風の子分じゃ」
と言った。
「この子はしのというんだ。寺の子さ。これから俺の弟になるんだ」
疾風の頬がまた紅潮している。
長吉と次郎吉は大変驚いたように「ほおーっ」と声を上げ、目を丸くして再度しのを見た。
それから互いに顔を見合わせ両手を打ち、
「じゃ、俺たちの子分だぞ! 次郎吉、おまえにも子分ができた!」
とはしゃぎ始めたのだった。
当然何のことかわからず、しのは泣き出しそうな顔をしている。
疾風はしのの手をぎゅっと握った。
「こいつらは今日からしのの仲間になる。大丈夫だ、いいやつらだから」
長吉はぐずっと鼻をすすり、照れくさそうにしのに向かって言った。
「よろしくな」
「なっ」
またも兄の言葉尻を繰り返した次郎吉は、喉の奥が丸見えになるくらいの大口を開けて笑う。
上の歯ぐきには小さな白い歯が一本だけの、だが豪快なその笑顔。
と、それにつられるように笑顔になったしのが、いきなり大声を上げた。
「な!」
皆の一斉に笑った声が、暗くなった木々にこだました。