第四十七話 石ノ松城
城下には、得体の知れぬ武士がうようよと集まり、皆目つき悪く、猜疑心露わであった。
丞蝉と平助は托鉢をしながら、何食わぬ顔で「この辺りには成仏しておらぬ魂が彷徨っている。成仏させるためには読経が必要である」という噂を農民たちの間に広めさせていった。やがてそれはたむろする武士の間にも流言するようになり、その魂とは細田幸元の霊に違いないとまで囁かれるようになった頃、ついに幸元を追いやった国人、末成義詮の耳にも届いた。
「何、細田幸元が成仏しておらぬと?」
末成義詮は、右眉を吊り上げ、ぎょろりと目を剥いた。それを傍らの臣下増田新左衛門が、「御意」と受ける。
「恐れながら、幸元だけではござりませぬ。恒清、恒孝、いや、そのご内儀までも、城を殿に追われ落命に至った恨みは根強いものでござりましょう。今後のためにも、ここはきっちりとご供養なさってはいかがでしょうか」
と進言した。
石ノ松城を奪ってから四ヶ月、協力を得た他の国人たちとの間で揉め事が絶えないことは、新城主である義詮にとって頭痛の種になっていた。
もしかしてそれは、一族の霊のせいだというのか?
義詮は、このようなことに関しては粗忽な男であった。煩わしそうに首をひねると、
「ではどのようにすればいいのじゃ」
と吐き捨てた。
「幸い今城下に、強い真言を唱える僧が立ち寄っているという評判がございますれば、その者を呼んでこれを任せるということにしては。加えて身分のある法師でなければ、こちらからの報酬も少なくて済みましょう」
かくして義詮は、増田新左衛門の提案を受け入れ、巷で評判の僧を城に召した。
丞蝉が義詮の前に現れたとき、義詮はこの男のあまりにも威風堂々とした様子に気おされ背中にじっとりと汗が浮くのを感じたが、声だけは何とか威厳を保つことが出来た。
「そ、そちが真言を唱えるという僧か。早速この城の前城主、細田幸元の霊を鎮めてもらいたい」
だが丞蝉は変らず面を伏せたままである。
「?」
異様な空気が漂い始め、義詮や新左衛門がうろたえたその時、
「未成仏霊はひとつにあらず」
二人は、男の恐ろしげなる声に縮み上がった。
さっと面を上げた僧は、眼光鋭く義詮を凝視し上半身を大きく張った。
「愚僧によれば、この城には少なくとも四つの霊魂が彷徨っておる。御殿にお聞きしたい、これら三つは男の霊、後の一つは女の霊かと存知つかまつるが、お心当たりはござるか」
あっ、と二人は思わず叫びそうになった。
細田の残党を捕えるために、城下では恒清と恒孝は生かして牢に閉じ込めてあると流布してあるからだ。それに女まで手に掛けたとあっては後々の評判が悪いので、内儀は尼寺にやったということになっている。
もっとも、本当にそうしようと思っていたところ、内儀は自害してしまったのだった。
蒼白になり、微小に震え出した二人に構わず、丞蝉は続ける。
「さてもこの四人は、よほど無念のうちに絶命されたと見えまする。どのような最期であったのか、御殿にはすべてお話し願いましょう。またこの者たちの亡骸が今はどうなっているのかも、仔細に拝聴つかまつる」
今、石ノ松城の城内を見渡しながら、丞蝉は白菊丸の里帰りの日を思い出し郷愁とも呼べる感情を覚えていた。