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第四十六話 白菊丸の苦悩

 それから春の息吹が寺を覆うまで、白菊丸も落ち着いているようだった。

 だが実際は、まだひどく気落ちして、頻繁にため息をついていることを丞蝉は知っていた。


 五月に入って最初に二人が寝屋を共にした時のことである。

 丞蝉から身を離したとたん、白菊丸は両手で顔を覆い、わっと泣き出した。そしてなだめようとした丞蝉の手を振り払って癇の立った声を上げた。


「私を想うてくれるなら、なぜわからぬ。私は父上や兄上の敵討ちをしたいのじゃ。城を取り戻したいのじゃ……」


 丞蝉は戸惑った。

 自分はただの僧侶である。どうせよと言うのか。

 仕方なしに、いずれその時も来ようぞと繰り返し言い聞かせるうちに、白菊丸は泣きながら眠った。寝入ってなお「父上……」とつぶやくさまがあまりにも哀れに映り、丞蝉は思案した。


 そしてその翌日、丞蝉は、単身石ノ松城に赴き内情を偵察してきたい旨、智立に願い出たのであった。

 智立とて城の様子は気になっていたから、すぐに(だく)と答え、

「だが丞蝉、十分に気をつけよ。お前が円嶽寺の僧だということを悟られるな。きゃつらは今も白菊丸殿を捜しておるに違いない。幸い幸元殿は、この寺との縁を公にはしておられぬはずじゃ。わしはこのまま、白菊丸殿を寺でかくまいたいと考えておる」

 そして莞爾(かんじ)と微笑んだ。

「無事で帰れよ。丞蝉」


 丞蝉のその決意を聞いたとき、白菊丸の心中は複雑であった。

 おろおろと瞳を宙に彷徨わせ、離れないでくれと言わんばかりに丞蝉の胸に手を置くと、だが思い切ったかのように声を震わせた。


「行ってくださるか? 下品(げぽん)武士(もののふ)が中へ、この白菊丸がため、飛び込んでくださるか。丞蝉殿」

 丞蝉はその手を取り握り締めると、

「無論のこと。心安くして待たれよ」

 とだけ、言った。

「ああ、嬉しい」

 満面笑みの寵児は、以前からはおよそ想像も出来ないほど、あからさまに丞蝉に甘えるようになっている。遠慮もなく太い首に抱きつくと、自ら相手の唇に己が唇を重ねた。


「父上や兄上のご最期がどのようであったか、お聞かせくだされ。重ねて、御亡骸(おんなきがら)がどのように処されたのかも教えてくだされ。白菊丸が、きっと、きっと、ご無念を晴らして見せるゆえ」

「白菊丸……」


 そうして丞蝉は、小者平助を共連れて早々に石ノ松へと発っていった。平助ももちろん、雲水姿に化粧している。

 二人は遠国(おんごく)の修行僧に身をやつしたのだった。

 とはいえ、丞蝉は紛れもない僧侶、不自然さはまったくない。

「若君。この平助が、必ずやお味方を探して参ります。どうか信じてお待ちくだされ」

 必死の形相の小者にも、白菊丸は表情を変えることなく「こくり」と一つ頷いただけで、両袖で抱えるようにしていた自らの小柄(こづか)を、丞蝉に差し出した。

「ご無事でお帰りなされませ、丞蝉殿」

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