第四十一話 幸元の死
この秋の日の一件以来、丞蝉はまた例の岩棚へひとり行くようになっていた。
もう白菊丸への思慕の念は断ち切ろうと決めたのだった。
丞蝉の心に、再び野心と闘争心が湧いていた。
あの山犬の群れを追い払った時の高香の神々しいまでの覇気を思い起こし、生半かな修行では勝つこと叶わぬと、無理矢理にでも自らを責め立てていた。
白菊丸の方でも、あれ以来取り乱す姿も見せず、今は黙々と作法を学んでいる。
だが、時々白い高慢な顔にちらりと寂しさをのぞかせる。
真っ直ぐに落ちる黒髪の間から瞬く眸はどこか憂いを帯び、最近では子供っぽさも消えつつあった。
丞蝉が付きまとわなくなったせいで、ひとりでいる彼に声を掛ける僧侶も出始めていた。
白菊丸は上稚児らしく、さしさわりのない会話で上手くかわし誰をも寄せ付けない。
だが、そんな高潔なところがかえって他の者を引きつけるということにも無論気付いていない。
そんな、年も改まったある日、一人の初老の男がほうほうのていで円嶽寺に駆け込んできた。何とそれは、細田家の小者であった。
「平助、平助ではないか」
驚く白菊丸に、小者はひれ伏しつつ声を上げた。
「白菊丸様っ、城が……城が、国人たちに襲撃されましてございます! 幸元様始め、恒清様、恒孝様、ご落命遊ばしてございます……!」
「な、何とっ?!」
白菊丸はもちろん、側にいた智立法師も青くなって絶句する。
恒清、恒孝というのは白菊丸の兄である。
「して、して母上は……どうなされた?!」
「お方様は、ご自害……」
そう言ったきり、平助は双肩を震わせ悔し涙に咽んだ。
「おのれ……!」
両眼を見開き真っ青な顔で直立したまま、白菊丸は両手の拳をぶるぶると震わせている。
そして、いきなり甲高く叫んだ。
「すぐ城へ戻る! わたしが国人どもを討ってやる!」
か弱い両肩を、智立は思わず掴み押さえる。
「白菊丸殿、なりませぬ! 今戻ったら殺されましょうぞ、まずは御身の大事を計ることこそ肝要」
だが悲痛な声はますます高くなるばかりである。
「わたしは行く、父上や兄上の仇を取る! ……討ってやるっ」
智立と平助は今にも飛び出さんとする白菊丸の体を懸命に押さえ、その騒ぎを聞きつけた数人の僧侶が廊下に集まりだした。
「死んだ者はもう戻らん。非情なようじゃが、おあきらめなされ、白菊丸殿!」
「父上っ……!」
ついに白菊丸が泣き崩れたのは、駆けつけた高香が部屋に飛び込んだのとほぼ同時であった。