第四話 村祭り(一)
朝起きて、実際和尚は困り果てていた。
しのの守りを恵心に頼もうとすると、この八歳の生意気な小坊主は、
「それは困ります。私は村へ炊き出しに行く約束がありますから」
と言い、さっさとひとり村へ下りてしまったのである。
仕方なく和尚はしのに言い聞かせるように言った。
「しのや。今日は村がお祭りでな、わしも作造も忙しい。おまえを構ってやれんのだ。ひとりでいい子にしていてくれるかのう」
そして奥から手鞠を持ってきた。
しのはそれを受け取ると、「うん。してる」と言った。
和尚はしのの頭を撫でる。
「いい子じゃの。ではな、しの、この部屋から出ないようにな。庭へは降りてもよい。じゃがひとりで裏山に行ってはならんぞ」
「うん」
もうすでに、しのの興味は手鞠にいっている。
その手鞠は少し薄汚れてはいたが、それでも赤や緑や黄色の糸が綺麗に織り込まれていて、それを見るしのの目はきらきらと輝いていた。
和尚は縁側にしのを連れて行って座らせ、振り返り振り返り、部屋を出て行った。
ひとりになって、しのは長いことその手鞠を見ていた。
それから何を思いついたか、目だけで赤い糸を辿ってくるくると手の中で回す。
次に黄色い糸を辿って同じことをした。
他の色もそのように辿り、くるくる、くるくる、小さな手の中で手鞠を転がし続けた。
空はまだ曇っていたが、時々薄陽が雲の切れ間より差し込む。
しのは両脚をぶらぶらさせながら縁側に腰を下ろし、かなり長い時間そうしていたが、「おおい」と言う声に、ふと睫毛を上げた。
それは子供の声だった。
「おおい、ミョウジ、いるか? 作造……」
建物の角からくるりと回り込んで庭に入ってきたその男の子は、縁側に見知らぬ幼子がちょこんと座っているのを見て足を止めた。
どちらもしばらくは無言で、互いを見ているだけである。
男の子は、なぜ寺にこんな幼子かいるのか、自分なりに状況を判断しようと努めているように首をかしげ、それからついに言った。
「おまえ、誰だ?」
「おや、疾風」
折りよく、しのの様子を見に来た作造である。
「どうしたね?」
疾風は手に持っていた魚籠を見せ、
「鮎が獲れたんで持ってきたんだ。ついでに、ミョウジを手伝ってこいと父ちゃんに言われた」
「ほおお、鮎か。そりゃありがたい」
作造が近寄って魚籠の中を覗き込むと、そこにはなるほど、三匹の鮎が入っていた。
「こりゃこりゃ、大きいの。落ち鮎か。いつもすまんなぁ」
しかし疾風の目は、しのに釘付けになっていた。
「作造……こいつ、誰だ?」
すると作造は、魚籠を受け取りながら、
「しの、じゃ。昨日からここの子になった。そうじゃ疾風、おまえ、しのと遊んでやってくれんか」
「えっ」
「わしも和尚様も今日の祭りの準備で忙しゅうてのう。あとで皆一緒に村へ行こう」
疾風はちょっとの間、もじもじとしていたが、「うん、わかった」と言った。
疾風はまだ六歳だが、すでに兄貴分として村の子供たちの面倒をよくみていた。
涼しい瞳をした疾風の、快活で公明正大な性格は、大人たちからも一目置かれていたほどである。
早速疾風は縁側の下に置かれた大石の上に乗り、しのの横に腰かけて顔を覗き込む。
「作造、こいつ、女か?」
作造は大口を開けて笑った。
「男じゃ。疾風、おまえと同じモノが、ちゃあんとついておるわい」
手鞠を持ったしのが、にっこりと疾風に微笑んだ。
「じゃが、女子のように可愛いじゃろ。しのは今に別嬪になるぞ」
作造がわざとそう言うと、疾風は作造の読みどおり、赤くなった。
「でも男なんだろ?」
そして腰に差してあった木刀代わりの木の枝をさっと抜く。
「しの。これで遊ぼう。そんな鞠なんか、置け」
するとしのは怒ったように眉をしかめ、手鞠をぎゅっと抱え込んだ。
作造はまた可笑しそうに笑い、
「しのは意外と強い子じゃの。疾風、おまえの負けじゃ。ま、あとは頼んだぞい」
そう言って、魚籠を持って向こうへ行ってしまった。
「鞠なんかで遊べるか……」
疾風が頭をかいて困っていると、しのはたっと部屋の奥へ走っていった。そしてそこから疾風の方へ手鞠を投げ、嬉しそうに声を上げる。
疾風は咄嗟にそれを受け止めると、しのの無邪気に笑う顔に自分でも嬉しいような気持ちになり、「よぉし」と言うと、しのの方へ転がした。