第三百五十八話 さらわれた子供たち(二)
寺に、村人たちの何人かがすぐに集まった。
その中に雪も不安そうな顔をして座っていた。
雪はまだ実感が湧かないせいかも知れなかったが、おろおろと泣く母親のまつを気丈に励ましている。
紫野も広い部屋の隅にひっそりと座り、その顔には表情もなく、一切の感情や思惑を遮断していたが、和尚には紫野の混乱が手に取るようにわかった。
紫野は今、自分の内部で起きている衝撃を納めるべく、必死で冷静になることを試みているのだ。
「紫野にひとりで来いとは……どういうことじゃろ」
与助のお爺がおろおろと言う。
「皆でこっそりついていってはどうかの」
「そんな。もし盗賊どもに見つかったら、子供たちが殺されちまう!」
誰かの意見に、権三の母親が泣き伏した。
一方雪は、気丈に装ってはいたが、本当は紫野の側へ駆け寄りたい一心を抑えていた。
今日、久しぶりに紫野に会ったというのに気安く声もかけられず、ただ座っているのである。
(まさかこんなことで会うことになろうとは、夢にも思わなかった――)
唇を噛んで、何も言おうとしない紫野の方をちらりと窺い見た。
彼の白い顔がより一層血の気を失って白く見える。
その時、紫野の頭が意を決したように上がり、黒髪がさらりと後ろへ流れたのを、雪ははっとして見つめた。
「俺が行く。ひとりで」
皆はっと息を呑んだ。
緊張が走る。
それを打ち破るように、井蔵が言った。
「わしも行こう」
だが紫野はそれを遮り、繰り返した。
「俺が行く。ひとりで。――親父さんは、村を」
そして与助へ目を移す。
「与助、すぐに疾風たちにこのことを知らせてくれ。多分、今、細魚村か水越村だと思う……頼んだぞ」
与助は足が速い。
細魚村までは人の足でかなりあるが、馬に乗れる人間がいない以上、与助に頼るのが一番よい。
与助は「うん、任せてくれ」と言って頷くなり、走り出て行った。
皆何も言えずうつむくしかない。
ひとりで盗賊の領地へ出かけて行くなど無謀であった。危険過ぎる。
和尚は紫野の肩に手を置き、苦しそうに言った。
「紫野、無理をしてはいかん。相手は残虐非道な盗賊だ。いくらお前が剣術の遣い手でも……敵は大勢じゃ、やはり井蔵と……」
それでもやはり、紫野は首を横に振り、
「前に襲ってきた盗賊どもは、何の技もないただの木偶の坊だった。いざとなったら全員斬り殺せる」
「じゃが、子供たちがいる」
紫野は真っ直ぐ和尚を見た。
その瞳の決然とした光に、和尚はそれ以上の言葉を封じられた。
「与助が知らせてくれる。だから、疾風も聖羅もすぐに来る。――大丈夫、とにかく子供たちさえ解放させれば、あとは怖いものはない」
井蔵はむっつりと腕を組み、何か考えている様子であった。