第三百五十五話 清二の秘密(二)
(どこまで行くのかしら?)
明かりも持たず、月明かりだけで清二はどんどん進んでいった。
つゆのは、小さな火種だけ持つと、身を隠しながらついてゆく。
と、清二は広原の方へは行かず、突然山道の方へ曲がった。
(見失ってしまう!)
焦りながらつゆのが山道を懸命に上がって行くと、果たして男の話し声が聞こえてきた。
清二ではない。
もっと乱暴でざらざらした声だ。
つゆのの全身に震えが走る。
(ここにいては、いけない)
それでも聞こえてきた夫の声に、思わず足が前へと進んだ。
「……このところ、報告に来られなくてすまねぇ。六日前に、警固衆が出て行った。疾風と聖羅も一緒だ――頭に伝えてくれ、紫野がひとりになった」
「おう、そうか。やっと動きやがったか」
「蝮、これで……これでもしお頭が紫野を捕らえることができたら、本当に俺を解放してくれるんだな。俺とつゆのを、このまま未来永劫、放っといてくれるんだな?!」
「ああ……だが紫野がお頭の手に入らない限り、おめぇは逃げられねぇ。ましてや失敗などしたら、おめぇとつゆのの命はねぇ」
つゆのの足元が揺れた。
体を支えようとして、踏んだ地面が崩れ、山肌を流れる小石が小さな音を立てた。
「誰でぇっ?!」
飛び出してきた男に、つゆのは腕を捕まれてしまったのである。
それを見た清二は、目も飛び出さんばかりに驚き、悲痛な声を上げた。
「つ、つゆのっ――!」
「この、くそが!」
蝮は持っていた脇差を引き抜くと振りかざし、つゆのを突くと思いきや、振り返って清二の喉元をざっ! と切り裂いた。
信じがたいほどの血飛沫を上げて声もなく崩れる清二を、つゆのはまともに見て狂ったように叫び始めたが、蝮は容赦なくその胸に刃を埋めた。
そして舌打ちをし、
「『このまま未来永劫』だと? どのみち殺される運命だったのよ。ちっと予定より早まったが」
そのまま闇に消えた。