第三百五十四話 清二の秘密(一)
清二の優しさと真面目さに不服はなかった。
むしろつゆのは、これまでの人生で、もっとも幸せだと思う日々を暮らしていた。
どちらかというと無口な清二は、決して人を「楽しい」と思わせるような人柄ではなかったが、姉かえでの夫藤吉も、彼の誠実さは気に入っているようであり、警固衆とも時々一緒に酒を飲んだり、盗賊対策に加わったり、つゆのにとってもそれは誇らしいことであったに違いない。
――かえでとも、これで対等に口を利ける。父も母も、自分を一人前と認めてくれる。
(何もかも、清二さんのおかげだわ)
あとは、可愛い子をなすことだけであった。
だがある日、見張り番の又八の妻おいとが、気になることを言い出したのである。
「ちょっと、つゆのちゃん。昨日うちの人が、清二さんがひとりで村を出ていくのを見たってよ。で、広原のずっと向こうで消えちまったって」
つゆのはえくぼのできる頬を緩ませ、小首をかしげて見せた。
「そう? もしかしたら清二さん、時々遠くを眺めたくなるらしいから……きっと、生まれた故郷を忍んでるんでしょう」
つゆのは特にそのことを清二に確かめもしなかった。
だが又八がその次に清二を見た時、清二はひとりではなかったのである。
もう夕暮れ時で相手の顔はよくわからなかったが、村の者でないことは確かであり、姿勢の悪い男であったのは間違いない。
今度は又八とつゆのも見過ごすわけにいかず、二人で清二に問いただしたことである。
すると清二は頭を下げ、
「余計な心配をかけて、すまねぇ。つゆのの言うとおり、時々遠くなった故郷のことが懐かしくて……。この間は、たまたま変な男に絡まれたんだ。別に知り合いでも何でもねぇ」
きりりと細い目元に、無念を忍ばせてそう詫びる清二に、二人ともそれ以上の追求はしなかった。
だがそれから、日が落ちると清二はこっそり出ていくようになった。
「あんた、どこ行くの?」
つゆのが声をかけると、ばつが悪そうに、
「……いや、別にどこへも行かねぇ」
そそくさと家の中へ入る。
ある夜、床から抜け出していく清二につゆのは気づき、素早く羽織をはおると、こっそりあとを追った。