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第三百五十三話 三者三様(二)

 疾風は改めて紫野に向き直ると、やや神妙に、まるで駄々をこねる直前の子供に言い聞かせるように言った。


「今度は食べ物よりも、布や家畜を手に入れてこよう。冬の間、十分な着物がなくて寒い思いをした年寄りや子供が大勢いる。次の耕作に新しい牛も必要だ」


 聖羅も同意し、

「雪も、まつさんのために、いい卵を産む健康な鶏が欲しいってさ」


 それでも、紫野はやはり眉を寄せ、

「だけど、行かない方がいいような気がするんだ」

 と言い張るのだ。


 疾風は強く言った。

「盗賊か? 大丈夫、もうやつらは来ない。それにあまり長く警邏に行かないのは霞組の信用に関わる。長年親父たちが守ってきた仕事だ。行かないわけにはいかないさ」

 そう言いながらも、紫野がうつむきがちにただ一点を見つめているのが気にかかる。

 今までに、こういう時の紫野が妥協した(ためし)がないのだ。


「藤吉たちが行っているじゃないか」

「ああ……だが」


 実際、藤吉たちは頑張っていた。

 しかし霞組が行くと報酬の量が明らかに違う。

 できるだけ報酬の配分を多くして、村人に喜んでもらいたい。

 疾風はちょっと考えた。


「そんなに心配なら、回る村を二つか三つにして早目に帰ってこよう」


 その時唐突に、聖羅が提案した。

「俺たちのうちで誰かが残るってのはどうだ」


 疾風は苦笑し、さっきの続きを始めるかのように、わざと意地悪く言う。

「じゃあお前が残るか」


 早速口を尖らせ、聖羅は疾風の足を蹴っ飛ばした。

「冗談言うな、俺は行くさ。言っただろ、おねにも会いたい――行きたくないって言う紫野が残れよ。俺は関係ないね」


 二人の冗談交じりの軽い会話にも、紫野は黙ったままだ。

 がついに、唇を細かく震わせるように小さな声で言った。


「俺は残る。でも……疾風も聖羅も行かないで欲しい」


 そのあまりにも無防備で無垢な様子に、疾風は一瞬、迷わざるを得ない。

 紫野の側からあの花の香がふっと上がり、疾風は自分をごまかすように大仰に笑い――

 そしてこう言うしかなくなった。


「女みたいなことを言うな。一人で留守番してろ」



 こうして疾風と聖羅は、八月の蝉がけたたましく鳴く頃、他の警固衆とともに出立し、紫野は不安な思いのままひとり村へ残された。

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