第三百五十一話 沈黙
年が代わっても村人たちは警戒を強めたが、結局盗賊たちが二度と襲ってくることはなかった。
だが村でも油断したわけではない――霞組は警邏には加わらず、さらに三日置きに集会を持って皆で対策を練っていた。
「いっそ盗賊の領地に攻め込んではどうだろうか?」
翔太が言う。
井蔵が「む……う」と腕を組み唸り、一瞬、しんとなったが、藤吉が言葉を投げた。
「それだと、やぶ蛇になる恐れもあるんじゃないか。今、やつらも治まっているし……霞の威力はよくわかったはずだ」
ほとんど前歯のない久治郎も、にたにたと顎をさすり、
「そりゃあそうだ。霞を見て、あの最後の盗賊もあたふたと引き上げていきおったからな。あいつがよほどの馬鹿じゃない限り、二度と攻めては来んだろう」
「むしろ、やつらの方がたまげてあの森を出ていきはせんかな?」
蓑介も言い、皆はやや気分も明るく、「そうだそうだ」と頷き合った。
「また襲ってくれば、倒せばいい」
疾風の決然たる一言に、ふたたび満場が沸く。
口々に、「今度こそ、皆殺しだ」と言い合い、手を叩き合った。
さきほどとは打って変わり、井蔵も明るい調子である。
「今は雪の季節だ。どちらにしても、やつらは来ねぇだろう。そのうち春になったら、誰かが偵察に行かねばならねぇだろうがな」
聖羅は、横に座っている紫野をちらりと見、少し様子が変だと気がついた。
肘でつつくと、
「おい、どうした。気分でも悪いのか?」
と聞く。
紫野は低い声で言った。
「やつら――どうして襲ってきたんだろう?」
気のせいか、その声は微かに震えている。
たが聖羅は気づかない振りをした。
「どうして? どうしてだって? やつらが村を襲うのに理由なんかない。ただ侵略したいだけなんだ。作物やヤギを盗んだり、家に火をつけたり、女を犯したり」
紫野がふっと瞳上げ、聖羅を見る。
その暗い水を湛えたような瞳は、明らかに不安を漂わせ揺れていた。
聖羅は紫野の次の言葉を待った。
待たねばいけないような気がして、待っていた。
だが紫野は何も言わなかった。
紫野の中で、言葉は喉元まで出、また沈んでいったのである。
――じゃあ聖羅。なぜ……なぜやつは俺の名を知っていたんだ。あいつははっきりと言った、『お前が紫野か』と。