第三百四十八話 謀略(一)
円嶽寺を出たあと、丞蝉はしばらく山に籠って修行めいたことを続けていたが、やがて山を下り、武家の門を叩いた。
だがたいていのところで胡散臭そうに見られ、「坊主に用はない」と言って追い返されるのが常であった。
得意の魔術を見せてもますます不審がられたのは丞蝉にとって意外なことであったが、百姓ならともかく、武士がこんなことを喜ぶはずがないとわかってからは、一切の魔術は封印した。
それでも、槍も刀も遣えぬでは話にならぬ。
ただ大きくて力がありそうだというだけで、足軽に召抱えられることはいく度かあったけれども、そのあまりにも粗略な扱いに腹を据えかねては飛び出すということを繰り返すうち、やがてそっちの方で身を立てようという気はすっかりなくなったのだった。
そうしてふらふらとひとり彷徨ううち、鬼六、三蔵、牛五郎の三人組の山賊と出会ったことが丞蝉の人生を変えた。
丞蝉が魑魅魍魎を呼び寄せ、商人の一行を襲わせ荷をすべて奪うことに成功してから三人は彼を「お頭」と呼ぶようになり、丞蝉自身、「これこそがおのれの才を活かせる近道」と思い知ったのであった。
牛五郎には十歳になる鉄という子供がいて、五人は次々と人を襲っては財を蓄え、同じ山賊や盗賊からも一目置かれるようになっていった。
さらに月日が流れ、いつしか五十人を超える盗賊の大集団となっていた――。
だが今日、その半分を失った。
丞蝉の目に楽々と武器を振るう三人の若者たちの姿が甦り、その見事さゆえ敵ながら責める気にもなれず、ただ薄ら笑いを浮かべていたが、立ち上がると鬼六に命じただちに手下をひそかに草路村へ向かわせ、紫野のことを探ってこさせた。
ただしあからさまに聞き回るのは論外とし、人のよさそうな小男を使って子供から情報を得る――この役目には、河童という男が選ばれた。
かくして河童は、愛想よく子供たちに近づき、紫野のことを聞き出して帰ってきたのである。
紫野が山の上の妙心寺に住んでいること。(住人は、和尚と、恵心という若僧と、珍念という小僧と、作造という寺男である)
『霞の紫野』と呼ばれる剣の達人であること。
『霞組』には、他に、疾風と聖羅がいて、みんな強く、子供に優しいこと。
ハナカゲという白馬に乗っていること。
その白馬をくれた嘉平次と親しいこと。
雪という少女と親しいこと――。
「お頭、何が始まるんで?」
この数日間の丞蝉の様子に、鬼六が眉を上げぎみに聞いた時、丞蝉は忍び笑い、
「長年探していたものが見つかったのだ……何よりの宝が」
と答えた。