第三百四十五話 盗賊襲来(二)
紫野は真っ直ぐに走り、馬に乗っている相手の頭上より高く飛び上がると一気に剣を振り下ろす――この戦法はいわば紫野にとって一種の儀式である。
無謀なようだが最初にこうすることで、一気に高揚した意識が、完全に研ぎ澄まされた『明朗にして無』の次元へ、紫野の肉体と精神を突き上げてくれるのだ。
一瞬で肩の肉を裂かれた敵が、悲鳴を上げて落馬するまでにいったん着地した紫野は、だがまた瞬時に飛び上がると次の標的に向かう。
今度は騎乗した相手の目の高さまで跳びもっとも柔らかな首の肉に閃光の速さで刃を滑らすと、盗賊は目を剥いて血飛沫を上げつつ地に落ちた。
疾風は凄まじい音を立て剣を振り回しているが、紫野の剣は静かである。
疾風のように相手の骨まで叩き斬るには長剣は細すぎたし、紫野自身そう力があるわけではなかったからやむを得まいにしても、相手の柔らかな部分や急所を確実に斬り進んでいく剣の腕が相当なものであるのは自明である。
(霞、さすがだな)
結局、霞三人のみの攻撃で、ほとんどの盗賊は馬上から落ちてゆく。
村人がそこを一気に槍や鍬でとどめを刺していくのだ。
三人の腕に感心しながら藤吉は、盗賊の中にひときわ威圧的な大男がいるのに気づいていた。
(おそらく、こいつが首領であろう)
その男は武士だったのだろうか?
古いがしっかりした鎧兜を身に着けている。
(いや、どうせ、どこかから奪ってきたものに違いない)
そう思うと、滑稽ですらある。
(見ろ、あの『霞組』に勝てるか? あれこそは、我ら草路村の力だ)
盗賊どもは、ただ力任せに武器を振り回しているだけの野獣と変わりがない。
剣術を会得した三人の敵ですら、あるわけがない。
藤吉も、翔太も、数馬も、その場にいる者はすべて、気持ちに余裕を残しながら、戦うことに楽しみさえ感じ、剣を振るっていた。
「う、ぬぬ……」
さすがに盗賊の首領と思われる黒髭の巨体の男も呆然としたまま、仲間がまだ若い三人に簡単に斬られて死んでいくさまを見ていた。
聖羅の鞭が鋭く唸り、顔の皮膚を裂かれた男が痛さに身をよじって足元に転がる。
男の馬が、その体を避けようと、ひひん、と鳴きながら前足をばたつかせた。