第三百四十二話 誤算
天礼とのことがあってから、紫野は一日中鬱々として寺で過ごしていた。
本当は警固衆は常には村に待機していて、野盗などの急襲に備えなければならないのである。
しかしなかなかそんな気にはなれない。
天礼に舐められた舌の感触が、ずっと残っていた。
女の体に変わる時、大抵はぞわりとしたものが突き抜けるのだが、果たしてそれは悪寒なのか、それともこれこそを快感と呼ぶのか、わからない。
とにかく、あの時、そんな感覚が体を走り、さらに『忘れがたい感触』を胸の上に残されたのだ。
今や天礼の顔をすら、思い出せない。
いや、思い出したくない。
結局自分で、天礼という人間を勝手に思い込んでいただけなのだ。彼こそが安全だと。
(――馬鹿だった)
心からそう思う。
だが、自分さえあの庵に行かなければ、もう二度と彼に会うこともない。
そうこう考え日々を過ごす中で紫野の目に浮かぶのは、疾風や聖羅の顔であった。
(会いたい。やっぱり、二人が一番だ)
そうして皆が嘉平次の村から戻る頃、紫野は村へ下り、疾風に「元気になった」と告げた。
と、早速聖羅が、都人の屋敷が盗賊に占拠された話をし、
「俺たちも、いつ嘉平次からお呼びがかかるかわからないからな。おまえが元気になってくれて、よかったぜ」
紫野の背中を叩く。
「そんな大変なことが?」
紫野も一気に緊張せざるを得ない。
疾風が言った。
「まあしばらくは盗賊たちもあの屋敷で大人しくしているだろう。もしかしたら、都から役人たちが仕返しに来るかもしれないしな」
「わからないぜ。そこを根城に、あちこちの村を襲う気かも」
まるでそうなった方が思う存分戦える、とでも言いたげな聖羅である。
くすりと笑い、疾風は腰の剣を叩いた。
「とにかく腕は磨いておこう。いつでも戦えるように」
この時点では皆が思っていた。
盗賊たちがまず最初に襲うのは、嘉平次の村だと。
森から一番近いし、彼の村の裕福さはかなり遠くまで知れている。
だが小雪が舞い始める頃、盗賊たちは裕福な嘉平次の村にではなく、草路村に現れたのだった。