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第三十四話 白百合の影(一)

 それから一年が過ぎ、十八歳になった丞蝉は、この寺一の大男になっていた。元々大柄ではあったが、すでに身長は六尺(180センチ)を超え、筋骨も隆々としてまさに怪僧の名にふさわしい。だが相変わらず白菊丸にかしずくその様は、ある意味、微笑ましいものであったろう。


 一度、白菊丸が細田家石ノ松城へ帰る折同行した丞蝉は、険しい山道を行く時や川を渡る時に白菊丸を背負い、また危険な獣からも身を挺して守ったことがあった。

 もし丞蝉が身分ある僧侶であったなら、その行いを喜んでくれた細田幸元に対し、白菊丸の寵愛を是非にと願い出も出来たかも知れぬ。

 だが今の丞蝉には、到底叶うはずもない望みであった。


 かくなる上は、仏道を研鑽し、智立法師に認められることだ。そしてどこか大きな寺の僧正ともなれば、白菊丸を得ることが出来るかも知れぬ。


 今や丞蝉の心は白菊丸のことで一杯だった。

 もはや下稚児を寝間に引き入れることもしない。

 白菊丸を思って下稚児を抱こうとした夜もあったが、やはり気が削がれてしまい、結局部屋から追い出す羽目になってしまった。


「白菊丸をこの腕に抱きたい」

 日々強くなる想いに身を焦がしながら、丞蝉はひたすら行に励んだ。


 滝の音が轟き、その水流は赤く染まった紅葉の葉を運んでゆく。

 水行を終え、岩の上で体を拭いていた丞蝉の耳に突如聞こえてきたのは、鋭い女の悲鳴であった。

 悲鳴は山々にこだまして、一体どこから聞こえてくるのか、正確な位置が計りかねた。

 が、丞蝉は持ち前の勘を駆使し、山道を駆け上がり小道に出ると、続けざまに上がる悲鳴に確実に向かっていった。


「誰か……誰か!」


 立っている小道の下方をふと見ると、そこに笠を被った旅姿の女がうずくまっているのが見えた。そして女を取り囲むように、痩せた山犬が三匹、唸りを上げているではないか。


 丞蝉は咄嗟に手元の太い枝を折り取ると、威嚇の声を上げながら斜面を滑り降りていった。

 と、三匹の山犬は向きを変えたが、新たな敵に飛び掛るより早く強打され、一匹が甲高い鳴き声を上げて横に飛ばされた。


 後の二匹が丞蝉に同時に飛び掛る。

 一匹は枝を持った右手に、もう一匹は左足首に食いついた。


 丞蝉は右腕に噛みついた山犬を振り払おうとしたが、まるで離れない。仕方なく食らいつかせたまま、左足首の山犬の首を両手で絞め始めた。

 じきにその山犬は牙を抜くと、唾液を滴らせながら苦しそうにのた打ち回り丞蝉から逃れようとしたが、やがて痙攣し動かなくなった。

 それを見届けてから、左手で右腕に牙を立てている山犬の両目を一気に突き潰す。だがその瞬間、女の悲鳴が上がると同時に、丞蝉は左脚に激痛を感じた。

 最初に飛ばされた山犬が(もも)に食いついたのである。


 鋭い牙が柔らかな腿に深々と突き刺さり、さしもの大男も痛さに悲鳴を上げた。

 なおも獣は首を左右に振り、肉を引きちぎろうとする。

 丞蝉は渾身の力で再び山犬の首を掴んだ。


「早く逃げろ!」


 丞蝉の声に、だが女は首を横に振るばかりである。

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