第三百三十九話 思惑(一)
もう一月近く石牢に放り込まれたまま、一日一度の食事を与えられるだけで、天礼は丞蝉からも、盗賊たちからも、完全に放置されていた。
一晩で貴族の屋敷を占拠した盗賊たちは、そのあとも丞蝉のもとで、まるで侍か足軽のように一矢乱れず動いているのが見えなくても雰囲気でわかったが、時々、宝物の分け前や女のことで愚痴を言い合っているのも聞こえてくる。
どうやら、貴重な宝物は、すべて丞蝉のものであるらしい。
下っ端には、衣類が配られただけのようであった(それでも貴族の衣であるから、贅沢なものには違いない)。
さらに、彼らがもっとも楽しみにしていた戦利品の一つ、『女』は、盗賊が攻め込んだすぐあとに、皆さっさと自害してしまった様子であり、したがって彼らの欲望はいまだ満たされないのであった。
「ここから出してくれ。丞蝉と話をさせてくれ……頼む」
いかに天礼がみじめにわめこうと、気に留める者はない。
「おまんまが貰えるだけでもありがたいと思え」
そう言って唾を吐きかけ、去っていくだけである。
しかし、夏でも冷える石牢にこれ以上いるのはもはや限界だと悟った天礼は、ある日ついに意を決し、凍えてほとんど動かなくなった体を引きずり、しゃべるのも困難になった口を必死に動かして見張りの男に訴え始めた。
「たの……む……じょ……ぜん……に、知らせ……たいこと……がある。……『陰陽……』ひ……みつ……を……頼む……」
ここから何とか出られれば、ひとりでもう一度紫野を捜そうと思っていた。
『陰陽の秘伝』を一人占めしようと考えていた天礼であったが、このまま死んでしまっては元も子もないと考えたのだ。
丞蝉が今もまだ『陰陽の秘伝』を追っているかどうかは不明であったが、それに賭けるしかない。
そして、完全に自分の身が安全だとわかるまで、草路村の紫野の名は伏せておこうと思った。
「何? 陰陽の秘密を知っている、だと?」
どうせ助命のための世迷言に過ぎぬと思っていた手下は、天礼の言葉を伝えた時の丞蝉の反応に驚いた。
その巨体から、一瞬、びりっと火花が散ったように思えたのである。
思わず身を縮めると、震えながら下知を待った。
「連れて来い。今すぐにな」
かくして、ようやく天礼は石牢から出され、丞蝉のもとへ引っ張り出された。
それでも寒さのために歯の根が合わない天礼は、緊張のせいもあってか言葉が出ない。
もつれた伸び放題の髪や髭――。
すべてが薄汚れ、これ以上ないというほどに落ちぶれて自分の前にみじめに這いつくばるかつての兄弟子の姿を、丞蝉は面白おかしく眺めると、
「天礼兄よ、ここにはいい湯が出ておりますぞ。まずはごゆるりと入ってこられよ」
そう言って、口の端を上げた。