第三百三十六話 甦る悪夢(二)
天礼は、思わず叫んでいた。
「ま、待てっ。見逃してくれ、わしは目も見えぬ……ただ、道に迷っただけの哀れな乞食僧だ。見逃してくれいっ」
「ほう、これはこれは」
その時響いてきた声にぎくりとする。
背中に冷たいものが流れ、天礼の足から力が抜けていった。
(まさか……まさか) と思いつつ、胸を破るが如く高まる心臓の鼓動に、彼はやっと耐えていた。
「天礼か。久しぶりだな」
「そ、その声は……丞蝉か?」
口にしたくはなかった。しかし確かめずにはいられぬ思いが意に反して飛び出した。
相手がにやりと笑ったのが、気配で伝わった。
「そうだ。俺だ。思いもかけぬ場所で出会うものだな、天礼兄よ」
「お頭、こいつをご存知なんで?」
がさついた太い声が丞蝉を「お頭」と呼び、天礼の足元にぺっと唾を吐きかける。
「ああ、古い知り合いでな」
丞蝉の声は、馬に乗っているのか、頭上の方から聞こえてきた。
目に見えぬだけに、その威圧感は圧倒的である。
天礼には、丞蝉が薄く笑っているのがわかっていた。
「悪いが俺と一緒に来てもらおうか」
呆然とする天礼の首に太い縄がかけられ、それに引かれながら天礼は、もと来た道を下り始めていた。
この一行が善人の集団であるはずはない。
それが証拠に、天礼を引く男には容赦がなかった。
速度を落とすことさえせず、盲目の人間がつまずこうがこけようが、ただ舌打ちをすると乱暴に縄を引き、口汚くののしるのみである。
杖はとうに手からなくなり、天礼は喉元の縄を掴んで、引かれるままに進んでいた。
木の根に足をぶつけ、岩につまずいて転び、いくらも行かぬうちに体は泥に汚れ、血にまみれていった。
もはや誰に助けを求めることもできぬ。
よもやこれが、自分の人生の終焉を辿る道であったとしても、そこから逃れること叶わぬような漫然とした黒い絶望感が彼を包んでいた。