第三百三十五話 甦る悪夢(一)
天礼の頭の中を忌まわしい過去が怒涛のように押し寄せ、混乱を極めたまま、彼は外に飛び出した。
(紫野を捕らえなければ――失っては、ならぬ)
今しがた、自分が何をしたのかも覚えておらず、もはやその思いだけがはっきりと胸に聞こえている。
手にした杖を右に左に振りながら、天礼は感覚だけで紫野のあとを追い始め、暗い山道へと入っていった。
当然冷静な時であれば、朝になるのを待って、村人に草路村までの道案内を頼んだであろう。
だが今唐突に『陰陽の秘伝』に出会い、その興奮のみならず、それが因果で起こった様々な恐怖――とりわけ丞蝉の怪異に突き動かされるように、天礼は動いていたのである。
手探りで進みながら、双眸の痛みがふたたび甦ってきたような感覚に思わず低く呻かずにはいられない。
あの夜の恐ろしさは、何年たっても忘れることはできなかった。
赤い光に包まれた丞蝉の姿。
そして魍魎たちの声、凄まじい風。
今は見えなくなった目に、赤く眼を光らせた丞蝉の魔鬼の形相が映る。
天礼は必死でそれを打ち消そうとしながら、ひたすら山道を上っていった。
と、その時である。
明らかに人の気配がした。
「紫野……か?」
が、次の瞬間、天礼は声を出したことを後悔せざるを得ない。
気配は複数だったのである。
天礼は、あっという間に取り囲まれたのを悟った。
「なんだ。目の見えない爺いか」
「着物だけでももらってゆくか」
下劣な声がした。