第三百三十四話 魔鬼の刻(とき)(三)
天礼の、光を宿さない目が大きく見開いた。
それは腐った魚のような目だった。
「紫野、お前が生まれたのは嵐の夜だったか?」
「え?」
そう聞くやいなや、天礼の手が紫野の胸に滑り込み、撫で回しながらぎゅっと揉んだではないか。
紫野が驚いて声を上げると、天礼は彼の着物を引き裂き、そのまま凄い力で押し倒して、剥き出しの紫野の乳をべろりと舐めた。
その感触にぞくりとした紫野の体が一気に変化する。
「嫌だ、やめて、天礼!」
何が起こったのか、わからない。
ただ胸に、天礼の舌の淫靡な感触が残り、唾液に濡らされた肌に冷やりとした空気を感じるだけだ。
それでもすでに胸は女のように盛り上がっている。
――俺が見ているものは、何だ?
頭の中が真っ白になった時、天礼がもう一度、確かめるようにずるっと胸を舐め上げ、紫野は思わず「アアッ!」と声を上げた。
柔らかな弾力と、つんとした突起。
「おお……」
天礼は、思わず感嘆の声を漏らして「ではお前が……」とつぶやくと、紫野を押さえつける力を緩めることなく、ふたたびその乳房にしゃぶりついた。
「嫌だ、放して、放せぇっ!」
天礼の力はますます強く、紫野の精神を蹂躙する。
抵抗しながら紫野は、(嘘だ、こんなことは、嘘だ! 天礼じゃない!) そう心の中で叫んでいた。
甘やかな想像とは違い、男の舌は気味悪く、力は暴力的で、のしかかる体はただ重い。
紫野は悲鳴を上げ続け、天礼がこの野蛮な行為を一刻も早くやめてくれることを懇願した。
だがその懇願が一切耳に届いていないかのように、天礼はわけのわからぬことをつぶやいている。
「私が征服者になるのだ、やっと運が巡ってきた、私の勝ちだ」と。
ついに天礼の左手が紫野の股間に割って入ろうとした時、紫野は力一杯天礼を押しのけた。
盲目の男は、均衡を失って後ろへひょろりと倒れ込む。
囲炉裏の火があおられ、パッと火の粉を散らした。
一切の希望は砕け、紫野は庵を飛び出した。
「紫野!」
と後ろで天礼の声がする。
「紫野、戻ってくれ――私が悪かった……!」
だが紫野は振り返らなかった。
ハナカゲに飛び乗り、通い慣れた真っ暗な山道を、月明かりを頼りにひたすら走り続けた。
涙が後から後からこみ上げてきて、連綿と頬を伝って流れ落ちた。