第三百三十三話 魔鬼の刻(とき)(二)
それぞれ腹一杯になると、二人はすっかり心地好くなって、また色々と話し出した。
時々、囲炉裏の火がはぜる。
ここまで親しくなったとはいえ、天礼が自分の過去のことを詳しく話したことはなかった。
(きっと、辛いことがあったのだろう)
そう思う紫野も、立ち入って聞くつもりはない。
それに紫野も、すべてを話していたわけではなかった。
自分の体の秘密はもちろん、捨てられたという生い立ちや、高香のことは話していない。
だが今日は、そんなことでも自然に話せそうだった。
今までどこかに置き忘れてきた感情が一気に噴き上がってき、紫野はついに、今が自分の秘密のすべてを話す時だと決心した。
「天礼」
押されるように紫野は切り出す。
「俺は本当は、女なのかも知れない」
天礼の笑顔が一瞬固まったのは、当然だったろう。
むろん彼は紫野を見たことはない。男か女かを確かめる目的で体に触れたこともない。ただ紫野の雰囲気から少年だと思っていただけなのである。
一瞬、(自分がそう思い込んでいただけなのか?) と、ばつの悪い思いになり、やや声をうわずらせた。
「……どういうことだね?」
「普段――俺は確かに男なのだけれども、時々……なぜか女の体になる」
紫野がもじもじとして思い切って言ったあと、天礼は杯を取り落とした――彼の中であることがかちり、と音を立てて重なったのである。
普通の者がそんな告白に驚くのは無理もないことである。
天礼が杯を落としても、紫野は変に思わなかった。
紫野にその真の理由をはかるのは不可能であり、しかし甦った魔道の秘法は、二人に取り返しのつかぬ悲劇を呼ぼうとしていた。
「俺は呪われているんだろうか」
「どうなるのだ? お前の体が?」
手を伸ばし、紫野の側へ寄ろうとした天礼の足元がぐらりと揺れたので、紫野は咄嗟に手を添えて天礼を支える。
天礼の手が紫野の腕をぐっと掴みそれから着物の襟元を掴み直したが、それに何の意図を感じることもなく、紫野は続けた。
「こんなこと、自分でも信じられないんだ。怖くて……。胸が大きくなって、男の印が消えてしまう」