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第三十三話 白菊の稚児(三)

 ぽうっとした弱い灯りのもと、空色の水干を着た白菊丸と高香が座り、入って来た丞蝉を見上げていた。


 丞蝉は入るなり屈伏し、

「我は、丞蝉と申す者にございます。白菊丸様には先程目を合わせたるご無礼、平にお許しを頂戴したく……!」

 と、柄にもなく声を震わせた。すると、

「お顔をお上げくだされ、丞蝉殿」

 白菊丸のまだ幼い声が丞蝉の耳に届いた。

「ははーっ」

 この時丞蝉は、己の醜悪な顔を上げるのを真剣にためらったのである。このようなむさ苦しい顔をお目にかけるのは、まったくもって恥ずかしいことだと心の底から思ったのだ。


 一瞬、ためらってから、丞蝉は腹を決めたように顔を上げ白菊丸と対峙した。そしてそこに、夢ではなく、あっという間に心奪われてしまった美しい稚児の顔があるのを見て、丞蝉の目には涙が浮かんだ。

 灯台の光にその涙がきらりと光り、白菊丸も大層驚いた風に、「どうかされましたか」と思わず聞く。

 丞蝉は今や隠そうともせず、堂々と涙を拭くと、

「いえ、あなた様のあまりの神々しさに目が(くら)みましてございまする。このような感動に、この丞蝉、生まれて初めて出遭いましてございます。あなた様のためなら、どのようなことでも()いましょう。どうぞ、この丞蝉をお側近くにお置きくださいますよう」


 白菊丸はまたも驚いて高香の方を見たが、高香もまた、非常に驚いて白菊丸を見たのであった。


「丞蝉殿。今のお言葉、白菊丸様もきっと頼もしく思われたことでしょう。白菊丸様のご修行をお助けするのは、この寺すべての僧侶の役目でもございます。どうぞお近くにあって、色々とご助力願いたいと存じます」

 高香の言葉を確かめるかのように、丞蝉はもう一度白菊丸を見た。すると白菊丸は、戸惑いを(たた)えた表情ながらも小さく頷いて見せたのだった。


「ははーっ! ありがたき幸せにございます……!」

 再び丞蝉は、平伏した。



 思えば、わずか四歳の高香に競争心を燃やして五年、丞蝉はひたすらひとりで荒行に励んできたのであった。

 御仏の金の光に打ち勝てるだけの気の力を身につけようと、寺の中よりも山の中で己の身魂を鍛えてきたのであった。


 だが、白菊丸に出会った次の日からは、清滝での水行を除き、丞蝉が寺を出ることはなくなった。そう、あの岩棚にさえ上ることはない。

 寺を出るとすれば、それは稚児たちが寺の外へ出る時だけだ。その時は錫杖をつき、ひっそりとしんがりからついてゆく。そっと見守るように、ただついてゆくのだ。

 大抵は寺の中にいて、他の修行僧と共に経をあげたり作務(さむ)(掃除)に勤しんだりするようになった。そしてその行の合間には、白菊丸の姿を探す。艶やかな水干のその姿を見つけると、近くまで飛んでいって、ただ拝顔を願った。


 当然のことながら、丞蝉の白菊丸に寄せる思いはたちまちにして皆の噂の的となった。


「ところでどうなのだ、白菊丸殿の方は」

「それが最近では、かの君の方でも頬を染めるようになられたとか。あのような怪僧でも、思いは伝わるものであるなぁ」


 この白菊の君のためなら、野花でも摘みかねない、げに似合わぬことよ。


 僧侶たちはそう言い合って、笑った。

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