第三百二十七話 散り花(一)
その夏、細魚村に警邏に行った際、聖羅は小笹から呼び出され、意外な告白を受けていた。
あの取引の夜のように、暗い灯台の下、酒を舐めながら、小笹はすでに酔っているようであった。
赤い目をしばたかせつつ、
「おめぇと杯を酌み交わすのも、今夜が最後かもしれねぇ」
と言った。
「どうしたんだ。佐吉さんに見限られたか」
聖羅が冗談で返すと、小笹は目をきっと吊り上げ、
「馬鹿野郎。旦那は関係ねぇ」
真剣に怒りだした。
いつもと様子が違うことに気がついた聖羅が謝ってなだめると、小笹は別の怒りのために目をぎらりと光らせ、歯ぎしりをして唸るように話し始めた。
「妹が殺された。俺はこれから仇を取りに行く。相手は山内次郎九郎――侍だ」
「ちょ、ちょっと待てよ、小笹。侍って――勝てるのか?」
驚く聖羅に小笹は鼻をすすり、
「身のこなしは誰にも負けねぇ」
ぐっと酒をあおる。そして床の間に立てかけてあった太刀と脇差を取ってきた。
小笹が持つと、芝居の小道具のようだ。
「俺が武士の出だってことは、前に言ったよな。俺は小峰家の次男坊だった。戦に出るのが嫌で、勝手に家を出ちまったが……頼子という妹がいてな。俺のことを本当にわかってくれたのは、頼子だけだったんだ」
そう言うと、太刀に目を移す。
「その頼子が五年前嫁いだのが山内次郎九郎だ。だがやつめ、頼子に子ができないといって離縁しやがった。困窮した小峰家にとって、山内との婚姻は斎藤家の後ろ盾を得る唯一の命綱――それを断ち切られたとあって、頼子は自害に及んだのだ……だが真相は、次郎九郎にもっと強力な縁のある姫を娶る話が持ち上がったからだそうだ。――山内次郎九郎め、絶対に許せん!」
聖羅にも小笹の話はよくわかった。
でもだからといって、本物の侍に向かっていくなど、狂気の沙汰ではないか。
「あさっての夜、いつも旦那と行く旅籠にやつも来る。その時、俺が舞を見せ、油断させて殺るつもりだ」
「無茶だ。たとえ上手く敵を討てても、捕まって殺されるぞ」
すると小笹は赤い顔をして、にやりと笑った。
その不敵さは、いつもの小笹だ。
「当たり前だ。だから言ってるだろ、今夜が最後だと。俺は頼子の仇を取って、潔く死ぬつもりだ。どうせ長く生きていたって意味のない人生だからな。そろそろ死に際なのさ」