第三百二十五話 地獄絵
和尚はさらに巻物を伸ばすと、穏やかに言った。
「先日、ここに寄って行った東北の僧侶が、宿の礼にとこれを置いていっての。何でもこれは『地獄絵』じゃそうな。その方はこういった絵を描いて、仏の教えを伝えるために全国を旅しておられるのじゃそうな」
その巻物には二枚の地獄絵が巻き込まれてあり、二人はしげしげと見入った。
和尚がさらに解説をする。
「これは『炎熱地獄』。邪見(=不正)の罪を犯した者が業火に身を焼かれ、永久に苦しむ地獄じゃ。そしてこちらは、『黒縄地獄』。生きている時に盗みをした者が落ちる地獄じゃ」
黒縄地獄の絵には、真っ赤に焼けた鉄の縄に縛られた罪人が、これまた真っ赤に焼けた鉄の斧で首を切り落とされていくさまが描かれていた。
どちらの絵も生々しい迫力に満ちている。
話には聞いている、地獄。
「たしか八つの地獄があったな?」
疾風が言い、聖羅はぶるっと身を振った。
和尚は頷くと、それらの地獄をあげる。
「等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、炎熱地獄に大焦熱地獄、そして無間地獄じゃ」
等活地獄……生前殺生をした者が落ちる。体を裂かれては蘇り、ふたたび裂かれる。
黒縄地獄……生前盗みをした者が落ちる。鎖に縛られ、真っ赤に焼けた鉄の斧で首を切られる。
衆合地獄……生前浮気をした者が落ちる。崩落する硬い岩に、体を砕かれる。
叫喚地獄……生前酒におぼれた者が落ちる。大釜に入れられ、熱湯で煮られる。
大叫喚地獄……生前嘘をついた者が落ちる。舌を抜かれ、鉄板の上で焼かれる。
炎熱地獄……生前不正をした者が落ちる。間断なき業火に身を焦がされる。
大焦熱地獄……生前尼僧を犯した者が落ちる。燃えさかる火の山を登らされる。
無間地獄……生前父母殺しの大逆を犯した者が落ちる。火の車、剣の車に轢かれ、体を櫛刺しにされる。
たしかそうだったと、疾風は思い出した。
どの地獄にも共通していることは、一度死んでも何度も蘇らされ、この責め苦が永遠に続くことだ。
今この生きている体は一度死ねば痛さも苦しみもなくなる。
しかし地獄に蘇らされた者は二度と死ねず、果てなき痛みと苦しみに苛まれ続けるのだ。
考えるだに恐ろしい、地獄。
(絶対に、ごめんだ)
疾風は真剣にそう思い聖羅を見たが、聖羅は興味深そうに目を輝かせ、この珍しい地獄絵に見入っている。
「聖羅、怖くないのか」
ひっそりと声をかけると、聖羅は感嘆したように、
「ああ……だけどこれはすごいな。まるで本物の血で描いたようだ」
と、もっと恐ろしいことを、さらりと口にしたことである。