第三百十八話 新三郎
疾風はすぐ馬を寄せると、その蓑笠に向かって声をかけた。
「おーい、どうかしたか」
すると振り向いた顔はまだ若い男で、疾風を見るなり、「あっ、あなたは」と言った。
どうやら疾風を知っているようである。
疾風は馬を降りると、男の様子を見るために彼の側へ屈み込んだ。
若い男は、よほど痛むのか、額にぐっしょり汗を滲ませている。
「私は細魚村伝次郎の息子、新三郎と申します。じつは馬から振り落とされて……足をくじいたようなのでございます」
新三郎はそう言って、先ほどから雪で冷やしている足を見せた。
なるほど、青く腫れ上がっている。
「父が籠で行けと言ったのに、本当に馬鹿でございました……」
そしてまた、「痛っ!」っと顔を歪める。
「立てるか?」
疾風が聞くと、新三郎は「なんとか」と答え、疾風の手を借りて早速立ち上がった。
そうしてカゼキリにつかまって、疾風が逃げた馬を探しに行き、帰ってくるまでなんとか立っていた。
「すぐ近くにいたよ。馬も驚いたんだろう」
こうして新三郎をカゼキリに乗せた疾風は、新三郎の馬も連れてふたたび村へ戻ってきた。
迷うことなく疾風は珠手の家へ直行する。
珠手の家ならゆっくりできるし、十分な薬も置いてあるに違いないからだった。
「珠手」
訪れた時、珠手は本当に驚いた顔をした。
昨夜会ったばかりの疾風がそこにいたから。
疾風は新三郎を慎重に馬から下しながら、
「すまぬが、この人は怪我をしているんだ。手を貸してくれ」
そう言われ、慌てて珠手も側へ寄り新三郎の腕を取る。
その時、痛みにかすむ目を上げた新三郎は、白い小花を散らした赤い着物を着、長い黒髪を揺らしている珠手を見て顔を赤くした。
そして珠手もまた、彼のすっとした上品な顔立ちに見惚れ、頬を染めたことである。