第三百十五話 侵入者(四)
「そうかもな。わかった。ありがとう、疾風」
結局はそれで終わりにするしかなかった。
そう、いつものように。
色々と議論をして、自分の心に踏み込まれるのはごめんだ。
そんなことは、考えるだけで疲れてしまう。
結局大人しく言いなりになっているのが一番よいのだ。
思ったとおり、疾風はそれきり説教をやめた。
ちょっと拍子抜けしたような顔つきをしていたのも、むしろ紫野にとっては多少の優越感になり得た。
(いずれ俺は、疾風から独立する。疾風を頼ったりするものか)
そう心に誓うと、紫野は自分から雪の手を取り、歩き出した。
「雪、行こう」
「紫野」
雪が顔を輝かせ、紫野と仲良く手を繋いで戻っていく後ろ姿を見、疾風はなおも複雑であった。
胸の中に奇妙な感情がうずうずと起こっている。
――もう少し、紫野を怒らせたままにしておけばよかった。
「ちぇっ。紫野のやつ、さっさと行っちまいやがって。――疾風、こいつらどこに埋める?」
聖羅の声に、はっと我に返る。
「あ、ああ。そうだな。村の外まで運ぼう」
「よし、じゃあ荷車を持ってくる」
聖羅は走って行き、疾風も警固衆としての仕事をまっとうしようと気持ちを切り替えることにした。
そして決心した。
今度こそ、珠手と所帯を持つことを考えよう、と。
一方寺へ戻った紫野は、感情を押し殺した時にしばしばそうするように、今もまた裏山へ登って行った。
一本杉まで来ると、そこからは村全体がほぼ見渡せる。
風が灰色の雲の一部を吹き飛ばし、そこから太陽が顔を出した。
――高香は来なかった。
紫野は薄橙色の光で一杯になった目をしばたかせ、濡れた瞳のせいで眩しくなるばかりの景色をただ眺めていた。
今日、紫野の中で夏が終わったのだ――本当は、もうとっくに終わっていたのに。
その思いゆえ胸の奥が苦しく、腕ばかりか手の指までが剣で突き刺されるように痛む。
秋はすでに紫野の心の中で冬に移っていた。
(高香は来ない。もう二度と)
その凍てつく寒さの中で、紫野には、無力に叫んでいる自分が見えていたのだった。