第三百十話 誘惑(二)
疾風には、男同士が体を重ね合うなどという発想が間違っても浮かぶはずはなく、すでに佐吉と小笹のそういう行いを見てしまった聖羅でさえ、それを説明しようという気にはならなかった。
(男であれ、女であれ、そんなことは関係ない――好きになれば、することは一つだ)
今の聖羅には、そういったことが何となくわかってはいたのだが。
結局、別の部屋では全員に酒が振舞われ、皆機嫌よく口にしている。
戻ってみてあきれ返った疾風が、藤吉に「早く仕事にかかろう」と催促している脇で、紫野が聖羅にこっそりと言った。
「小笹に、今夜二人で会おうと言われたんだ」
聖羅の胃の中で、何かがでんぐり返ったようだった。咄嗟に紫野の腕を引くと、
「それで――行くって約束したのか?」
その一瞬間のうちに、聖羅の頭にこれまでの小笹の言動がよみがえる。
――そうか、小笹のやつ、紫野を……。
幸いにも、紫野は首を横に振った。
「ううん。多分、今夜は無理だと答えた」
しかし、
「でも最終日の夜なら――みんなどこかに出かけてしまうし――いいって言った」
(この馬鹿!)
喉元まで出かかった言葉を聖羅はうっと飲み込み、(紫野は何も知らないんだ……)そう自分に言い聞かせると、ちらりと疾風を見た。
「い、いや、紫野。多分駄目だ。最終日の夜は、三人でいようぜ……あっ、そうだ。いい女を紹介してやる。おねっていうんだ、可愛い子だぜ」
が、紫野は眉をひそめ、
「いらない。俺には雪がいるから」
けげんそうだ。
ここに至って聖羅は、自分が、自分自身と紫野をとんでもない方向へ導いてきてしまったのだと思い知ったのである。
先ほど佐吉に強く掴まれていた手に、ふたたび、じわりと汗が浮く。
あの時自分を引っ張っていきながら、ついに佐吉は自分を誘惑したのだった。
――ねぇ聖羅。私はもう抑えられないほどなんだよ。優しくしてあげるよ……食べさせておくれ。
(何とかしなければ)
さすがに自分は覚悟ができていたとはいえ(だが実際誘われてみると、それは断固として嫌だった)、紫野まで巻き込むわけにはいかない、と聖羅は思ったのである。