第三十一話 白菊の稚児(一)
「おお、幸元様。お久しぶりでございますな。こんな山の中をよくぞいらっしゃいました」
智立の登場に、守護大名 細田幸元恒近は愛想よく笑い、「まこと、暑うて難儀したわ」と言った。
汗を拭っている幸元の隣に、稚児髷を結った男子がひとり、きちんと背筋を伸ばし、冷然とした顔つきで座っている。薄い空色の水干が目にも瑞々(みずみず)しい。
「ほお、そちらが」
「さよう、白菊丸にござる。今年で十歳に相成り申した。法師殿にしっかりと行儀作法を叩き込んでいただきたく、連れ申した。よろしくお願いいたす」
すると男の子も、智立に丁寧に頭を下げた。
「白菊丸と申します。どうぞよろしくお願いいたしまする」
円嶽寺にはすでに七人の稚児がいる。
そのうちの三人は、上稚児と呼ばれる名家からの行儀見習いだ。
彼らは他の四人とは区別され、色々な作法を身につけるべくこの寺に置かれている。
そして後の四人の稚児たちは、いずれも百姓や芸人の親たちが生活に困って無理矢理預けていった子供たちであった。
高香もその一人なのであったが、高香の才能を認めた法師は彼を中稚児として庇護した。
ゆえに、今、高香は立派な僧侶でもあるのだ。
この時分、少年僧は剃髪せずともよかったが、高香は未練なく剃髪し、形のよい頭蓋と端正な顔立ちを際立たせていた。
廊下ですれ違う先輩僧たちが、時々色のある目で高香を見ることも都度都度であったが、高香はまったく意に介していない様子で通り過ぎる。
そう、僧侶とは言え、生身の人間である以上抑えがたい性衝動はあり、もちろんそれを修行で克服する者もここ円嶽寺には多くいたが、己を解放することに遺憾ない者が欲望を静めるために、残り三人の稚児たちは使役されていたのだ。
だがどこぞの腐敗僧侶を相手にさせられるのとは違い、無茶な交わりを求められ体を無体に傷つけられることはほとんどなかった円嶽寺の下稚児たちは、まだ幸運だったと言えるだろう。
当然、白菊丸は上稚児である。間違っても、僧侶たちの慰みの対象とはならなかった。
「白菊丸と申します。どうぞよろしくお願いいたしまする」
「うぬ」
そう言って挨拶をする様子が大層愛らしく、智立は目を細めて見た。
そして側にいる高香を示すと、
「白菊丸殿、これは高香と申す者。この高香に、しばらくは御身の周りのお世話をさせましょう程に、何でもお聞きなさるがよい」
と、言った。
高香が丁寧に会釈するのを見て、白菊丸もまた、はい、と手をつき頭を下げたが、この少年僧が自分よりも年若だとは、白菊丸も幸元も考えなかったに違いない。