第三百二話 鬼舞(四)
鼓の音が、いよいよ冴え渡った。
次に幕の間から出てきたのは、鮮やかな青い直垂に袴姿の聖羅である。
聖羅はいつもと打って変わって、髪をきりりと結い上げ、侍烏帽子を被っている。
その貴公子ぶりに、観衆は皆感嘆のため息をついた。
鼓を打ちながら、小笹はにんまりとする。
この豪華な衣装は今回の手間賃として後で貰い受けることになっているからだ。
かれはこの観衆のどこかに、自分の主がいるだろうことを想像しつつ、また声を張り上げた。
「さても 強者ありにけり
恐れ多くも いみじくも
御天守様の勅旨かな
大江の山の 鬼退治」
するりと抜いた腰の太刀が松明の灯かりに赤く光り、またもや観衆はどよめいた。
「あれは本物じゃ、本物の太刀じゃ」
どよめきをよそに、聖羅は剣の舞いを見せ始めた。
その静かな動きは疾風と対照であり、人々はその美しさにじっと見入る。
炎は聖羅の顔に影を作り、普段よりもいっそう彫りを深く見せているし、髪を結い上げることで涼しく吊り上った目尻からは、役者顔負けの色香がにじんでいる。
ため息をつきながら、見ている者は男も女も皆うっとりと眺め入った。
ひょょ〜っと横笛が物悲しい響きを奏で、そこに太鼓が勇ましく入り、この華麗にして強者という武者の役柄を伝えている。
そして今まさに、天皇から大江山の鬼退治の命を賜った武者が、山で鬼に出会う場面となった。
笛の音が早くなり、激しく太鼓、鼓が打ち鳴らされる。
小笹の掛け声もますます高まった。
そんな中、いきなり木の枝から逆さまになった鬼がぶら下がり、ぴょんと地面に降り立つと、武者と鬼は睨み合う。
と、そこで一切の音が止まった。
観客の誰もが息を呑んで武者と鬼を見つめている。
その時、鬼が手にしている大振りの剣を振り上げ、あっと思う間もなく凄まじい戦いが始まった。