第三百一話 鬼舞(三)
かくして夏の宵、龍神村において、龍神村と草路村合同の祭りが始まった。
例年どおり龍神村の神主が祝詞をあげ、皆に酒と餅が振舞われた後、いよいよ二村の村人たちは芝居の舞台の方に移動していった。
「ほい、井蔵どん。調子はどうだね――疾風が芝居に出るんだって?」
龍神村の村人にそう声をかけられ、苦笑いの井蔵である。
(ミョウジも聖羅のお爺とお婆も、早くから一番前の席を陣取っているが、自分はどうも……)
かくして井蔵は、ずっと後ろの木の側にひとり立っているのだった。
舞台の周囲には松明が焚かれ、思ったよりも厳粛で幻想的な雰囲気が出ている。
ひとしきりざわめき合った後、皆の目は舞台にそそがれていた。
夏の夜風がざわっと吹き過ぎ、松明の火が激しく揺らめいた時、舞台の下手側に鼓を手にした小笹と、太鼓をかついだ小男と、横笛を持った盲目の女の三人が現れひっそりと腰掛に腰を下す。
観衆も皆、地面に座るか屈んでいた。
「いったい何が始まるんだ?」
「さあね。でも、何だかわくわくするじゃあないか」
その時、横笛がピイーッと鳴った。
後ろの朱色の幕の中から早足で真っ直ぐ進み出た鬼に、観客が「おおーっ」と声を上げる。
黒い顎髭をつけた疾風は、恐ろしげな鬼の面を被っていた。
暗い赤味の着物と袴。その袴の裾は足首で絞られている。
腰には聖羅の考案した縄の飾り――ここにも赤い紐が編み込まれている――が膝辺りまで垂れ下がっていた。
そして村人が驚いたのは、この鬼が肩幅ぐらいの大杯を持っていたことである。
疾風の鬼は、その大杯を掲げたり回したりしながら楽の音に合わせて舞った。
太鼓に合わせて足を踏む様は、なかなかよく鬼の強さが出ている。
ポン! と小笹の鼓が鳴り、彼は謡い始めた。
「大江山
鬼ぞ棲むなり 人里にィ〜
下りては民に 仇なしにけり」
すると鬼は杯を置き、両手を広げつつ、ずいっと観客へ近寄っていった。
村人の中から、小さく悲鳴があがる。
何と鬼は二人の娘の腕を掴んだようだった。
二人とも声を上げながら、舞台の真中まで引っ張って行かれたではないか。
「ほうほう、これは……雪と珠手じゃないか」
ミョウジの横で、作造がつぶやいた。
鬼は二人の娘の手を一人ずつ投げるように放すと、再び大杯を抱え、どっかりと座り込んだ。
と、後ろから黒子が二人走ってきて(種を明かせばこれは太平と与助である)、娘二人に大徳利を手渡す。
かくして鬼は無理矢理娘たちに酒の酌をさせ、観衆はこの趣向を面白がって喝采を送った。
「何と、あの子たちがこんなことを企んでおったとは」
和尚も驚きを隠さない。
やがて娘たちを元の観客席に返した鬼は、上手の木の上にするすると登って姿を消した。