第三百話 鬼舞(二)
初めは「馬鹿らしい」と思われた芝居は、準備を進め形が見えてくるうち、楽しいものにも感じられてきた。
特に疾風はどんどん気持ちが乗ってきたようである。
剣の振り付けに、相当熱が入っている様子であった。
鬼の切り落とされた腕は平蔵が木を彫って作ってくれたのだが、その出来に一同目を見張ったことである。
「本物の鬼の腕みたいだ」
と紫野が目を丸くすれば、
「さすが師匠」
と聖羅も鼻を高くし、疾風を見た。
「俺の腕だぞ」
ここでも乗りがよい疾風である。
「うまく斬ってくれよ」
と、聖羅に言った。
舞台は、龍神村の氏神様の横にある一本の大木を右半分に置いた平地で、その四方に枝を差し、しめ縄で囲う。
後ろには朱色の幕が張られ、そこから役者は出入りするのだ。
さらに小笹たちは、舞台左手側で演奏する。
「適当にやってくれればいい。うまく合わせてやるから」
貫禄を見せる小笹は、そう言ってにたりと笑った。
「祭りには旦那も来るぜ。この余興を楽しみにしてるって――どうやら旦那は、『霞組』がお好きらしいや」
そう、何と佐吉は、衣装の仕立てを請け負ってくれたのである。
と言っても、聖羅の武者衣装だけであるが。
鬼は最初の聖羅の構想と違い、『神秘的』ではなくなった。
勇ましい黒髭をつけ、短めの袴と、鬼の腕を隠すための袖ばかりが長い上衣を着る。
しかし舞った時に印象がよいように、腰に短い縄を等間隔に何本もぶらさげた腰紐を巻くことを聖羅が提案した。
「縄が広がって動きが出る。かっこいいぞ」
疾風にしても、自分が『神秘的』な柄ではないことはわかっていたから、この衣装に納得するより他はない。
「どうして真っ白なんだ?」
一方、ただの白い小袖を渡された紫野は、小笹に聞いた。
すると小笹はにやにや笑いを浮かべながら、
「この女の鬼は、侍をだますために都の姫に化けて伽をする――夜伽の時、身分の高い人間はみんな白い着物を着るのさ」
「夜伽……って?」
小笹は紫野の目をのぞき込んだ。
「夜、褥の上で、男と女がする『あれ』だ」
思わず聖羅を見て、顔を引きつらせる紫野である。