第二百九十九話 鬼舞(一)
ついに七月、本格的に夏が始まり、村は龍神村と合同でやる夏祭りを控えていた。
今年は聖羅が「芝居をしよう」と言い出し、小笹と彼の仲間を呼ぶことになっている。
そしてその役者というのが、なんと、霞組の三人なのであった。
「とんでもない」
最初、疾風は激しく頭を振って反対した。
「俺は役者なんて無理だ。絶対に、やらないからな」
紫野も同意見である。
たくさんの村人の前、しかもよその村で、いったい何をしろと言うのだ。
「踊るんじゃない。科白も小笹がやってくれる。俺たちは剣術を見せるだけだ」
「剣術だと? どういうことだ」
疾風が不信顔で聞き返す。
「つまりさ」
聖羅は、えへんと咳払いをし、話し出した。
「前に見た芝居なんだが、俺たちの方がずっとうまくやれると思ってさ……鬼の話なんだ。ある武将が鬼を退治して腕を持ち帰る。で、その腕を取り返しに鬼が人間に化けてやって来るんだ」
「鬼の話?」
どうやら聖羅は、紫野が興味を持ったと思ったらしい。
「そうなんだ」と身構え、また話す。
「鬼は神事にはある意味欠かせない。祭りに出しても変じゃないと思うんだ。で、その鬼と武将の立ち回りを俺たちでやれば、きっとみんな喜んでくれると思うんだがな」
「ちょっと待て。剣術は見世物じゃない」
そう言った疾風に、聖羅は舌打ちをする。
「固いこと、言うなって。俺たちの日ごろの訓練の成果を披露しようぜ」
それでも疾風は、まだ腕を組んで考え込んでいる。
「だがそれが何の意味がある?」
聖羅が大きく両手を広げた。
「みんなが喜んでくれるんだぜ? 祭りなんだ、皆を楽しませよう」
(聖羅の目立ちたがり。ひとりですればいいじゃないか)
と、紫野は心の中で文句を言う。
だが実際は、涼しい顔つきで座っているのである。
聖羅がくるりと紫野の方を向いた。
「俺たち用に、ちょっと話を変えてみた。本当はその鬼が腕を取り戻しに来るんだが、その鬼の女が都の姫とすり替わってやって来ることにして――紫野、おまえ、その女の役な」
「えっ」
と紫野は声を上げる。
「嫌だ、女なんて……」
すると聖羅は澄まして言ったことである。
「だって、おまえに髭は似合わないだろ?」
ぷっと、と疾風が吹き出す。そして、
「なら、俺が鬼か? どうせおまえは武将になりたいんだろう?」
ところが、聖羅の答えは意外だった。
「いや、疾風が武将をやってくれ。髭と言えば、武将だ。今回の鬼は、綺麗な感じでやる」
「綺麗だと? おい、聖羅。おまえ、いい気になるのもたいがいに……」
「神秘性が必要だ。神事だもの」
聖羅は疾風を遮り、口を尖らせる。
疾風は立ち上がり、断固として言い切った。
「じゃあ、俺はやらん。俺は鬼の役じゃないと、出ないからな」
言外に、『(髭があり)むさ苦しい』『神秘性がない』と指摘されたようで、疾風はむきになったようである。
聖羅は一瞬鼻に皺を寄せたが、
「わかった。じゃ、疾風が鬼だ。俺が武将。紫野は鬼の女」
そしてその言葉で決定となってしまった。