表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
297/360

第二百九十七話 春のこだま

 その年の春を、紫野はどれほど待ち望んだことだろう。


 雪が溶け菜の花が開く頃、紫野は毎日のように馬で村の見張り台まで駆けていって、午後の半日をその高いところで過ごす。

 もちろん、高香の訪れを待っているのだ。


 最近では体の変化もなく落ちついているのであったが、不思議と寂しさだけは募る。

 まだ誰かが胸の中に居座っているのか、それともそれは紫野自身の寂しさなのか、時々心の一部を切り取られるような喪失感が起きる。

 苛まれるというほどのことではないが、空しさに苦しくなることはたびたびであった。


 だがこんなことは、高香に会えれば治まるに違いない――


 紫野はそう確信し、来る日も来る日も見張り台の上で待ち続けたのである。


 それでも警邏には行かざるを得ない。

 疾風と数馬、紫野の関係も修復され、今は普通に戻っている。

 差し障りなく仕事をすることはできたのだが、警邏の間中、紫野は、(もしかしたら今頃、高香が村へ着いたかも知れない) とか、(きっと今頃はミョウジと碁を打っているぞ) などと考え、帰路はひとり慌しくハナカゲを駆った。


 そんなふうにして五月も半ばにはなったものの高香は現れず、相変わらず彼の来訪を待ちわびる紫野の日々は続いていた。

 今日も見張り台の上から思う。


(心配ない、ずっと以前も遅くなったことがある。高香は絶対来る。だって、俺だけじゃない、ミョウジも、村の人たちも、みんなが待っているんだから)


 ずっと遠くの空に一条の雲がたなびき、初夏の風を運んでくる。

 萌え出した若葉のにおいを、紫野は腹いっぱいに吸い込むと、「おーい」と叫んだ。

 するとその声は丘にはね返り、「おーい」と幾重にもこだまさせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ