第二百九十三話 冬日和
「疾風」
紫野は真剣な瞳を疾風に向けた。そして想像もしないことを口にする。
「もしもある朝目覚めて、自分が女になっていたら、どうする?」
「は?」
あまりにも軽薄ではあったが、疾風の反応はこのようであった。
しかし紫野がじっと自分を見ているので、一応うーん、と考え、
「そりゃ最初は驚くだろうな。……だがそうだな。思い切り化粧をし、おまえや聖羅の反応を見る。それから雪と一緒に毬つきでもするか」
紫野は目を丸くした。
「化粧? 疾風が?」
「そうだ。悪いか」
ついに紫野は、ぷっと吹き出すと腹を抱えて笑い出した。
「この野郎」
疾風が紫野の肩を小突くと、紫野は笑いながら後ろに倒れ、それでもまだ笑っている。
「ちぇっ。勝手に笑ってろ」
内心、紫野が変な質問をしてくれたことに感謝する疾風であった。
その日、紫野は疾風と連れ立って村へ下りた。
太陽は暖かく照り、ハナカゲとサクラも嬉しそうである。
まず雪の家に行き、紫野はほとんど半年ぶりに雪に会った。
雪の喜びようは、半端ではない。
紫野は雪の涙まで見て、おおいに反省をしたことである。
それから二人は聖羅の家を訪ねた。
久しぶりに会ったお爺とお婆は以前よりも元気そうで、紫野もどこかほっとする。
お婆が口に手を当て、小声で言った。
「このところ、細魚村の何とかいうお人に、よく芝居に連れていってもらっているそうでの。わざわざ町まで馬っ子に乗って行くんじゃそうな」
「細魚村の?」
疾風と紫野は顔を見合わせる。
「じつは昨夜も見に行って、朝帰りなんじゃ。今起こしてくるから」
「芝居? あいつ、そんな趣味があったのか」
お婆が奥へ行っているうちにつぶやいた疾風は、だが聖羅が眠い目をこすりながら現れるのを見て「よお」と声をかけた。
聖羅は疾風の横に立っている紫野を見て、はっと目が覚めたようだ。
もう一度目をこすり、
「あれっ、おまえ、髪を切ったのか」
と言った。