第二十九話 運命(さだめ)の少年僧(二)
丞蝉の頭の中に、幼子の瞳が焼きついている。
それを振り切るように、彼は頭を強く振った。
「俺は常に強くなければならぬ、誰よりも」
丞蝉は声に出してそう言うと、裸になり、滝壺に飛び込んだ。そして両手で印を組むと、大声で真言を唱え始めた。
負けぬ。負けぬ。
俺は誰にも負けぬ。
心の声は、滝の音にも負けなかった。
そしてその日を境に、丞蝉の修行は荒々しさを増していったのである。
しかし、そんな丞蝉の心配は現実にはならなかった。
この少年僧は、特に目立つようなこともなく他の僧侶たちとごく自然に馴染んでいた。
誰も、高香を取り立てて褒め上げるようなことはしなかったし、相変わらず注目されているのは丞蝉の方だった。
廊下ですれ違い様、高香はすっと視線を落とし丞蝉に会釈をする。
そのまま何も言わずに通り過ぎるその身からは、一切の挑発もおごりも感ぜられない。
だがなぜか、丞蝉の本能が彼を侮れない存在だと告げるのだ。
その思いが四六時中つきまとい、ついに丞蝉は修行に身が入らなくなってしまった。
「どうした、最近覇気がないな。お前らしくないではないか」
兄弟子の天礼が、笑いながら声を掛けてきた。
天礼は丞蝉よりも六歳年長で、智立法師が一番目を掛けている僧である。
一見穏やかで控え目ではあったが、その心の奥底にちらちらと燃えているものがあることを、丞蝉は知っていた。
「今の状態では、荒行でいつ命を落とすやも知れぬな。そんなことになったら、法師がお嘆きになろう。才能はやたら散らすものではないぞ、丞蝉」
「天礼兄」
ついに丞蝉は疑念に耐えられなくなって口走る。
「天礼兄よ、なぜに皆、高香の気に気付かないのだ? あなたにもあの気が見えぬとおっしゃるか?」
それを聞いた天礼は、ふっと薄く笑い、だが瞳を光らせた。
「なるほど。さすがよな丞蝉。お前にも見えたか、あの気が……」
「見える。なぜあの小僧は俺にも天礼兄にも、いや、法師にさえ背負えぬ光を背負っているのだ? あの小僧にはどんな力があると言うのだ?」
すると天礼は深く一息吐き出し、意外なことを語り始めた。