第二百八十七話 銀杏(一)
杉木立の道を上っていきながら、紫野はなぜか懐かしいような気持ちになっていった。
(俺は昔、この道を通ったことがある……?)
そういえば自分は「隣り村」から預けられたとミョウジが言っていた。
笹無村は、峠を越えた「隣り村」だ。
(もしかして俺の母がこの辺りに?)
その思いに胸が高鳴った時、左手の木立が切れ、奥に古い門が見えた。門の向こうには大きな屋敷が建っている。
紫野の足は、しぜん、そちらへ向けられた。
ハナカゲの手綱を持ったまま、恐る恐る中を覗く。
「何かご用でしょうか?」
その時、後ろからした女の声に、紫野はびくっとして振り返った。
そこに、袖にたすきをかけた蘇芳色のうち着を着、頭髪を布でくるんだ年のいった一人の女が立ち、不思議そうに紫野を眺めている。
手には、昨夜の嵐で落ちた銀杏を集めた籠が乗っていた。
「あっ……いえ。申し訳ありません、どなたがお住いかと」
と、紫野の顔を見た女は「あっ」と声を上げて籠を取り落としたではないか。
銀杏が辺りに散らばり、紫野は動転した。
女は素早く屈むと、再び銀杏を拾いながら、
「すみませぬ、つい手が滑って……」
だがその細い指が震えているのを、紫野は見逃さなかった。
女と同じように屈み込み、
「俺は紫野と申します。草路村の妙心寺に住んでいます。もしや、あなたは……」
紫野と女の眸が合った。