第二百八十四話 震える心(二)
紫野の見事な黒髪。
抱き締めた時の、あの華奢で温かな感触。
数馬は一瞬にして、実は疾風もずっとそう感じてきたのだと見抜いたのである。
いつも知的で理性のある彼には考えられない言葉が、疾風に向かって飛び出した。
「そうか、疾風。自分以外の男が紫野に触れるのがそんなに許せないのか」
「何っ?!」
数馬はふふっと笑い、
「紫野はおまえを嫌ってるというじゃないか。おまえこそ紫野に何をしたんだ? 無理矢理押し倒しでもしたか……」
あっと思う間に、疾風の拳が数馬の顎に飛んだ。
数馬がどおっと後ろへ飛ばされたのを見て、だが他の者はあっけにとられたままだ。
「この野郎!」
再び起き上がった数馬が疾風に殴りかかり、ようやく藤吉と翔太が馬から飛び降りて止めに入る。
ついに聖羅と風太も参戦し、どうにか皆で、疾風と数馬を引き離すのに成功した。
藤吉に押さえられながら、疾風が叫ぶ。
「数馬、もう一度言ってみろ! 紫野が俺を嫌ってるだと? 誰がそんなことを言った?!」
翔太に押さえられた数馬も、まだ負けてはいない。
「皆言ってるさ! それにあいつの表情を見ればわかる。それが本当だってな」
「何をっ」
聖羅はぐっと疾風の腕を押さえた。
「よせよ、疾風!」
「――紫野はおまえのものじゃない!」
数馬の捨て鉢になった一言が疾風の胸深くに突き刺さり、疾風は愕然としたまま力を抜いた。
藤吉と聖羅の腕を振り払い、カゼキリにまたがる。
そして低い声で言った。
「悪いが、ここからは別行動だ――聖羅、行こう」
カゼキリの艶々とした黒毛が風に踊り、疾風は軽々と走り出した。
「すまぬ」
聖羅もナガレボシに飛び乗ると、後の四人をその場に残し、疾風の後を追っていった。