第二百八十三話 震える心(一)
数馬は紫野の後ろに座っていたが、正直、手をどこに置けばよいものか迷っていた。
行きはかなり飛ばしたので、特に考えることもなく腰に両手を回してしっかりつかまっていたのだが、今、こうしてのんびり歩く速度で馬に揺られていると、目の前の紫野にしがみつくことがはばかられた。
紫野の髪はまるで女のようだ。いや、もしかしたら女の黒髪よりも美しい。
さらに華奢なその体、抱きつくと、女を抱き締めているような錯覚さえしてしまうだろう。
初めて見た時から、綺麗な子だとは思っていた。
だがこんな妙な気持ちになるのは、今日が初めてだ……
「おい、少し駆けないか」
数馬は自分でそう言ったことに驚き頭に血が上ったが、誰も気づく者はいない。
「よし。村までひと駆けするぞ」
聖羅の明るい声に後押しされるように、紫野の腰に手を回し、背にへばりついた。
予想されたことだが全身が熱くなり男の部分が疼く。
数馬は紫野を抱き締めたい衝動を、抑えられなくなった。
両手に、ぎゅっと力を込めると、耳元で「紫野……」と囁いた。
そのとたん、紫野に手綱を引かれたハナカゲがいななき、後ろ立ちになると数馬を振り落としたではないか。
「うわっ!」
「数馬!」
「大丈夫か、数馬」
皆目を丸くして紫野を見たが、その顔は火のように真っ赤で、さらに紫野は声を震わせて怒鳴ったのである。
「数馬っ、変なことをするな!」
そうしてひとり、全速力で駆けていってしまった。
疾風は即座に馬を降りると尻餅をついている数馬の襟元をぐいと掴み引き寄せ、
「数馬、紫野に何をした?!」
と詰め寄る。
「お、俺は……何もしてない、何もしてないさ。何だっていうんだ、疾風!」
次第に腹が立ってきたのか、きっぱりと立ち上がった数馬は、疾風の手を乱暴に払った。