第二百七十三話 負けずの心(三)
聖羅はおねがまだ幼かったので、話をし、ただ抱き合うだけでもよいと考えたのだが、おねは聖羅に愛されたがった。
「可愛がってくだされ。後生です」
細魚村の女は、総じて早熟である――というのが聖羅の感想である。
驚いたことに、おねも初めてではないらしかった。
「富蔵っていう金持ちに何度か買ってもらった」というのだ。
「富蔵?」
聖羅も名前だけは聞いたことがある。
細魚村では、権兵衛じいに次ぐ金持ちである。
そんなことを聞くだけで聖羅の気持ちも萎えたが、結局おねは聖羅にすがって離れなかったのである。
ことが終わり、おねを家まで送り届けた後、聖羅がやはり不毛な気持ちのまま権兵衛じいの屋敷あたりを通りかかった時だった。
「聖羅じゃないかね」
声をかけてきた者がある。
振り向くと、それは佐吉であった。
空は淡く青紫色に暮れなずんでいる。
立派な屋敷を背景に、珍しく黒い羽織をきちんと羽織った佐吉がにこにことして立ち、聖羅を見ているのであった。
「今から草路村に帰るのでは大変だろう。私はこれから町へ行くのだが、どうだね、一緒に行かないか? 芝居見物に連れて行ってあげよう」
くだんの事件で、聖羅は佐吉に対して距離を置いてはいたのだが、町へ芝居見物に行かないか、という佐吉の誘いは魅力だった。
迷っている聖羅に、佐吉は言った。
「くずくずしていると、芝居に遅れてしまう。行かないなら、私らは行ってしまうよ」
そうして屋敷に戻ろうとする。
よく見ると、屋敷の前には立派な黒馬がつながれ、側で羽織袴の小笹がにたついているのであった。
「佐吉さん、行きます! 俺も連れて行ってください――」
思わず聖羅はそう答えていた。
すると佐吉は機嫌よく笑い、手招きし、
「よし。じゃあ早く家に入りなさい。着物を貸してあげよう」
聖羅はナガレボシから飛び降りると、もうためらわず、屋敷の中へと入っていった。