第二百七十二話 負けずの心(二)
ナガレボシを走らせながら、聖羅は自暴自棄に考えた。
(誰もおまえのことなんか、心配しちゃいない――)
そう、よしんば俺がこのままどこかへ消えようと、きっと疾風は笑ってるだけなんだ。
「おまえ、名は」
「おね」
少女は鼻の頭を聖羅の背中にこすりつけながら言った。
おねは馬が怖いらしい。
始終震えているのが聖羅にも伝わり、聖羅はナガレボシの足を止めると、おねを振り向いた。
「ごめん。怖かったか?」
おねが首を横に振る。
その頬は赤く、上目遣いに聖羅を見る瞳は大きかった。
――おそらく年はまだ、十三にも満たないだろう。
聖羅は馬を降り、おねも下ろした。
そうしてナガレボシを木陰につなぐと、おねの手を取って水車小屋に向かって歩き出した。
「疾風、おめぇ、珠手といい仲だって?」
夕餉の折、井蔵がにやりとして聞いた。
「どうして早く言わねぇんだ」
疾風は箸を持つ手を止めると、「えっ」と反応する。
「えっ、じゃない。おめぇもいよいよ所帯を持つことを考えるようになったか……いいことだ」
ひとり満足げに唸る井蔵を見て、疾風はなぜか焦った。
井蔵が続ける。
「おめぇのことだ。村の女を選んだってことは、そう考えたんだろう。珠手の家はこっちとは不釣合いなほど大きいが、蓑介も田吉も、おめぇを拒む腹はないだろう」
確かにそうである。
疾風もそのつもりで珠手と臥所をともにしたのであった。
が、なぜか今になって、気が進まなくなっていた。
「親父、俺は……正直まだわからない。珠手は嫌いじゃないが、今一つ確信がないんだ。――親父はあったんだろう?」
「きぬとか」
「ああ」
うーん、と腕を組んで井蔵は天上を振り仰ぐ。
そうしてやや照れたように言った。
「まあ、そう言えばそうかな。わしにはきぬしかいないと思った」