第二百七十一話 負けずの心(一)
聖羅は正直あきれていた。
(雪も疾風も、紫野紫野紫野。そんなに紫野が気になるのか)
ばつが悪そうに頭を掻く、疾風の情けない姿を思い起こし、聖羅は露骨に顔をしかめる。
(紫野は疾風に『俺を見るな』と言ったんだ。だったらもう、疾風も紫野を見なけりゃいいのに。馬鹿なやつ……)
そうしてふっと胸をよぎった感情に、自分自身でうろたえざるを得ない。
(これって、まさか、嫉妬? ……いや違う。疾風があんまり馬鹿だからさ……)
否定しつつも、以前、おしらのところから駆け戻って、しばらく奇妙な思いに囚われていた日々を思い出した。
(あの時、疾風と口付けて陶酔したのは、では俺は疾風に惚れているからなのか? 俺は変なのか?)
そう自問自答し続けた日々。
またその疑問が首をもたげ、聖羅の頭の中をぐるぐると巡りだしたようだった。
そんな不毛な思いを消すために、聖羅はまたナガレボシを駆ってよその村を訪ね始める。
だがもうおしらのもとへは行かない――それは、おしらの想いをかれなりに受け止めた末の結論であった。
(疾風はきっと、珠手と夫婦になる。紫野は雪と……。俺もいい女を見つけてやる)
ナガレボシから降り立った聖羅は、どの村でもそれなりに目を引く。
手足はすらりと長く、身のこなしは軽い。
なびく長髪には光が宿り、編み込まれた色紐は都の役者のようだ。
高い鼻梁、薄鳶色の瞳、一見女のように綺麗でも、唇には女ではあり得ない強靭さが見て取れる。
今日もここ細魚村で、年頃の女たちが黄色い歓声を上げてナガレボシの周りに集まってきた。
荷車もなく、聖羅もひとりなので、仕事で来たのではないことは一目瞭然である。
こんな時、聖羅は群がった女から一人選んでその日一日を一緒に過ごすのが常であった。
「聖羅様、聖羅様」
女たちは皆わくわくして自分を連れ去ってくれるのを待っている。
聖羅は一瞬目の合った若い娘の手を取り、「おいで」と馬に乗せた。
そして女たちの悲鳴のような怒号の中、軽々と走り去った。