第二十七話 仏の道
一方丞蝉は、智立法師に問われたことを忌々(いまいま)しく思いながら、寺を出ていつもの場所へと向かっていた。
そこは崖の中腹にある危険極まりない岩棚である。
おそらく四足の獣でさえ、上がってくることをためらうであろう場所。
そこからは、はるか彼方に、村々やどこまでも続く山野を望めるのであった。
無論風の勢いも強い。
ただ座っているだけでは、簡単に飛ばされてしまうだろう。
崖下は滝壺であるから、落ちれば確実に命はない。
そんなところに日が暮れるまで座り、乱暴に行過ぎる山風を全身に受けながら、真言のみを唱え耐えて過ごすのだ。
今もその場所に結跏趺坐し、この怪僧はにたりと不敵に笑った。
『邪な心、か。なるほど、智立法師は見抜いている。俺が仏を超えようと挑んでいることを察したか。だが、強くありたいと思うことが悪いことか? 否。俺はひたすら我道を研鑽するのみ』
丞蝉の全身から、熱い気がほとばしった。
元々丞蝉が円嶽寺に入門したのは、生きるためだった。
丞蝉は、父も母も知らない。
物心ついた時から、ひとりで生きてきたのだ。
力だけは並外れて強かった彼は、獣を殺し続け、それらを食すことで生きながらえていた。
だが八歳の時、貴族の飼っている大切な家畜に手を出してしまい、本来なら殺されるところを僧侶になるなら許すという沙汰を受けたのだ。
こうして選択の余地なく寺門をくぐらされたのだったが、意外なことに、丞蝉には才覚があることがじきに判明した。
あっという間に字を覚えた彼は、様々な書物を読んで膨大な知識を吸い込むように吸収していった。
それに加えて、本来備わっていた勘の鋭さが彼の器を広げてゆく。
智立法師も丞蝉の目を見張るばかりの向学ぶりを手放しで喜んでくれ、他の僧侶たちも皆賞賛を惜しまなかった。
この山の中の円嶽寺で、彼は完全に生まれ変わったのである。
丞蝉はようやく、己の生きる場所を見つけたと思った。