第二百六十二話 嗚咽(三)
――あれは夢じゃなかった。
だとしたら、一体自分は何なのだ。
人間じゃない、怪物か妖怪なのだろうか?
(いや、病気だ。俺は病気にかかってしまったんだ)
部屋の向こうから、今度は綾ねの声が聞こえ、それに答える聖羅と雪の声もした。
紫野の部屋の前で、わざと紫野に聞こえるように言ったのか。
「紫野兄ちゃん、どうしちゃったのかな? ねぇお姉ちゃん、残念だね」
「ああ。紫野は頭が痛いんだって。部屋に入らないで静かにしといてやろうな」
「そうなんだって。綾ね、いい子にしていてよ」
「うん。わかったもん」
「俺たちはさっきの部屋で寝る。綾ねたちはこっちだ、高香の部屋のとなり……」
遠ざかる気配を感じつつ、紫野は震えていた。
病気であれ何であれ、とんでもない事態に陥ってしまったのは間違いない。
紫野は心の中で、ぶつぶつとひとりごとを繰り返した。
(これからは皆の前で裸を晒すことは絶対にやめよう。こんな体を見られたら、みんなに嫌われる。疾風だって、聖羅だって――もしかしたらミョウジすら俺を嫌いになるかも知れない。そして高香も……)
紫野ははっと、布団から顔を出した。
(高香なら、もしかしたら、治してくれるかも知れない。いい薬草を知っているかも知れない!)
治らないと困るのだ。
このままでは大人になって、女も抱けないだろう。
――もし「あの」最中に体が女になってしまったら?
(雪も抱くことはできない……それだけは、困る)
可愛い雪の笑顔を思い出し、紫野がそう思った時であった。