第二百六十一話 嗚咽(二)
今夜は皆寺に泊まるはずだ。
それを知りながら、紫野はさっさと布団を敷いてひとり床についた。
さっき、疾風のことを話していて疾風の瞳を思い出した時、また体がぞわぞわっとしたのだ。
それで恐ろしくなって、すぐに部屋へ飛び込んだ。
(なぜ……なぜこんなことに)
もう辺りは真っ暗で、部屋に火を灯していなかった紫野は夜具に丸まりながら闇の中で目を凝らす。
今日は月も出ていないのか、月明かりすら、ない。
仏間の方から、太平たちの笑い声が聞こえてきた。
と、その時、廊下を人が歩いてくる気配がして障子がすすっと開き、和尚の声がしたのだった。
「紫野、どうしたのじゃ。大丈夫かね」
だが紫野が一言も答えず布団を被っていると、やがて障子戸が静かに閉められ、和尚の足音が次第に遠のいていった。
なぜかはわからない。
だが今は誰とも話したくなかった。
(眠ろう)
そう考えて無理に目を強く瞑る。
するとまた体がざわついて、心臓がどきどきと高鳴り、紫野は落ちつかなげに寝返りを打った。
闇の中、瞼に昼間のことが浮かんできて、眠ろうとすればするほどかえって眠れない。
(どうしてあんなことに?)
自分の体から、確かに男の印は消えていたのだ。そして両胸はふっくらと膨らんでいた……
(あれは夢じゃなかった?)
突如そう思い、紫野は愕然となった。
考えればこれまでにも幾度か体が疼いた時、夢の中で紫野は自分が女になっているのに戸惑ったことがある。
高香のことを思った時、疾風の瞳が夢に出てきた時、紫野の体は明らかに違っていたのである。
(あれは夢じゃなかった……?)
もう一度紫野は頭の中で繰り返し、がばっと布団を頭まで掛け直した。