表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/360

第二十六話 不言

 季節は、若い葉の芽吹く吐息が山々いっぱいに漂う、初夏である。

 野山の輪郭も目にすがすがしく、風は少しばかりもっちりとして肌につく。


 二人の沈黙の間に、さわりと木々の梢の鳴る音がした。


 実は高香は、まだ赤子の頃、この寺の門前に置き去りにされていた身であったのだ。


 当時、智立は、考えた末に一番近い日影村の女に赤子を託したが、この赤子、どうも体が弱いらしく熱ばかり出す。結局女は高香を見放し、二歳になるまでに高香は再び寺へと戻ってきたのだった。

 そこで智立は、今度は薬草の知識の深い者を呼び寄せ、それ以後はずっと彼の世話を見てきた。


 高香にとって、智立は親にも等しい、いやそれ以上の存在なのだった。



 今、そんな高香の心配を感じ取った智立は、重いものを振り払うようにすっくと立ち上がり、気勢ある声を出した。


「どれ、幸元殿をお待たせしては申し訳ない。すぐに参ろうかの」


 高香は黙って頭を下げ、それから智立を案内すべく立ち上がる。

 

 だが高香にはわかっていたのだ。

 今しがた、丞蝉が智立法師の前から去っていったことを。

 そして、法師が丞蝉に不安を感じていることを。


 なぜなら、それはとりもなおさず、自分も感じていたことであったから。


 ――丞蝉。

 この兄弟子が、なぜか自分に対して好意的な感情があるとは思われぬ。

 そして彼のすさまじい気は年々強くなってくるようで、近頃では側に寄ると身震いすら覚えるほどになっていた。

 その身から発する魂魄(こんぱく)は、御仏に仕えるというより、神仏に挑んで燃えているかのように高香には思えるのだった。

 

 しかし、自分は何も言うまい。

 我もただ我の道を修行するのみ。

 生かされている間は智立法師の導きに従い、自分の使命を果たすのみ。


 高香がそう固く心に決めているのは、自分が背負った悲しい運命ゆえでもあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ