第二百五十九話 夕餉の膳(二)
雪は紫野の様子がおかしいと感じていた。
いつにも増して雪の顔を見ようとはしないし、何となくよそよそしい。
「どうかしたの、紫野」
「べ、別に……何でもない」
疾風から嬉しい返事を聞かされていなかったら、雪は今にも泣き出してしまったかも知れない。
(でも大丈夫。紫野は恥ずかしがりなんだから)
そう思うと、雪は不安を振り切るように、つとめて明るく支度を続けた。
かくして広い仏間にはずらりと膳が並べられ、皆一緒に食事につくことになった。
作造は「とても喉に通らないので、自分は後で」と言ったが、和尚は、
「まあまあ。せっかくだから、皆でいただこう」
とにこにこして作造を下がらせない。
盛大な夕食になりそうであった。
(よし。うまくいったぞ)
聖羅も自分の思惑が通り、満足気である。
すなわち、一番大きい魚はミョウジのところへ、その次に大きいのは疾風と自分のところに回せた。
紫野と雪の魚は同じぐらいだが、紫野のはちょっと焼きすぎた感がなくもない。
そして、見た目には一番美しく焼けた魚を綾ねの膳に盛った。
その綾ね、自分と紫野の間に挟まってご満悦らしい。
(まったく、難しいお姫様だな)
ちらりと、そう思った。
太平、与助はそれぞれ自分で獲った魚だから、ちょっと小さめだけど文句は言えないし、作造のは普通だが、恵心の皿には完全に焦げた真っ黒な魚が乗っていた。
恵心が「生魚は嫌だ」と言うので、作造がしっかりと焼いた結果である。
「さあ、いただこう」
和尚が言い、皆が一斉に「いただきます」と声を合わせ、いよいよ楽しい食事が始まった。
だが紫野は、おそらく紫野だけは、今この場に大勢でいることを苦痛に思っていた。
昼間の体の変化に気が気でない。
早くひとりになって、ゆっくり考えたかった。
(顔も変わっているんじゃないだろうか)
そう思うと座っているのも落ち着かず、ずっと下を向いていた。
(向かいに座っている疾風はきっと、おかしいと思っているに違いないんだ。だって、さっきから俺の方ばかり見てる……)
ついに紫野は箸を置くと、立ち上がって叫んだ。
「そんなに俺を見るな!」
と。