第二百五十三話 小滝での出来事(一)
「疾風! こっちへ来いよ、魚がいる。おっとと……すばしっこいぞ」
寺の裏手の小滝で、聖羅と数人の子供たちがさかんに魚を捕まえようと水面を睨んでいる。
岩の上から綾ねが面白そうに頬杖をついて眺めていた。
「聖羅ってば、下手ねぇ。疾風兄ちゃんなら、あっという間に捕まえちゃうわよ」
「黙ってろ、綾ね」
聖羅は、綾ねが疾風と紫野には兄ちゃんという敬称をつけて呼ぶのに、自分は呼び捨てにされるのが気に食わない。
「おまえはすぐ、紫野兄ちゃん、疾風兄ちゃん、だ。紫野は俺より年下だぞ」
綾ねは舌を出し、あっかんべをしてみせる。
聖羅がかちんときた間に、またしても魚はするりと聖羅の股の間をすり抜けて逃げた。
それを楽しそうに眺め、綾ねは心の中でつぶやいていた。
(だって綾ねは、大きくなったら聖羅のおよめさんになるんだもん。だから『兄ちゃん』なんて、おかしいんだもん)
「修行が足りんぞ。そんな魚くらいなんだ」
見るに見兼ねたのか、疾風がざぶざふと水に入って近づいていく。
与助が頼もしい味方の到来にはしゃいだ。
「あっ、疾風、ほらそっち!」
疾風は腰に差した短刀をさっと握ると、一突きに魚を突いた。
串刺しの魚が、疾風の目の前でひくひくと動く。
「さっすが、疾風兄ちゃん!」
綾ねがぱちぱちと小さな手を叩き、他の子供らも歓声を上げて疾風を取り囲んだ。
聖羅は潔く負けを認め、魚が取れたことにむしろ満足したのだった。
(これで今晩は美味い魚が食えるぞ)
そう思い、ふと雪の方を見ると、雪は顔を回し滝の向こう側を見ていた。