第二百五十一話 春の再会(五)
「よかったな。またいろんな話が聞けるぞ。俺も楽しみにしているんだ。また皆で寺に泊まり込みだ」
そして疾風は快活に笑った。
それを聞いて、紫野は去年のことを思い出した。
ちょうど去年の今頃、紫野が墨斎上人にだまされかけたその日にそのまま寺へ泊まった疾風も聖羅も、高香と夜遅くまで、灯台の光のもと、話に興じることを覚えたのだ。
それ以来、四人はちょくちょく寺の広い仏間に夜具を敷いて、朝まで過ごすことをした。
疾風の笑い声は、いつも紫野を和ませる。
寺に泊まり込んだ時も。たった今も。
(そうか)
と紫野は気づいた。
(いい感情は言葉にしてもいい。疾風はいつもそうしているんだ。だから疾風といると安心するんだな)
先ほど高香の教えてくれたことが、すっと紫野の腑に落ち、これからは自分もそうしようと思った時――
ふいに疾風が空気を変える如く、言った。
「おい、紫野。おまえ、雪のことどう思う? 好きか?」
「ゆ、雪?」
意表を突かれて紫野は動揺した。
だが疾風はあくまで普通に、しかしさらに強く聞いてくる。
「そうだ。雪。おれは雪のことが好きだが、おまえのことも好きだ。おまえは俺の大切な弟だからな。だからおまえが雪のことを好きなら、俺はあきらめる」
実際紫野は驚いたのだ。
疾風がそれほど雪のことを好きだったなんて。
疾風は雪を、妹のように思っているのだと思っていた――
「俺……俺は……そんなこと、よくわからない」
疾風の眉が微妙に上がり、紫野は、また自分が子供っぽく見られる恐怖に突かれるように言葉を足した。
「でも……好きだ」
すると疾風は、ぽんと紫野の背中を叩き、
「そうか、わかった。ならそれでいい。雪はおまえのものだ」
とあっけなく折れる。
紫野としては、慌てざるを得ない。
「ちょっと待ってくれ、疾風。雪はおれのことどう思っているか……」
「好きだとさ」
「は?」
「すまん。もう告白したんだ。だが雪に断られた。雪はおまえが好きだとさ。頭下げて謝られたよ」
紫野がぽかんとしていると、また疾風はあははと笑った。
「いいさ、俺、珠手に好きだと言われたんだ。珠手にしておく」
そしておどけるように片目を瞑る。
「実はもう、やってしまったんだがな」
(やるって……あれを? ……珠手と?)
自分の言葉がどれだけ紫野をどきどきさせたか、疾風にはまったく想像もつかなかっただろう。