第二百四十九話 春の再会(三)
「怒るようなことかな、紫野。私は嬉しかったよ」
高香の手が紫野の肩に優しく置かれた。
紫野はどきりとする。
「私もおまえに会えるのが嬉しい。おまえとこの季節を過ごすのが楽しみなのだ。紫野、いい感情なら素直に言葉にしてもいいのだよ。覚えておくといい」
寺では和尚が喜んで高香を迎え入れた。碁の相手が今年もやって来てくれたと言って。
高香は入り口で丁寧に一礼すると、僧坊へと上がる。
紫野もついていこうと上がりかけた。
が、高香が言った。
「紫野、私は少し和尚様に話がある。あとで呼んでもいいかな?」
ちょっとあっけにとられたような顔をした紫野だったが、すぐに、「あ、うん」と返事をし、階段を降りた。
「すまないね」
高香は微笑みながらそう言うと、今度こそ僧坊の中へと導かれていく。
紫野は二人の背後を見送って、そのまま落ち着きなく寺の境内を歩き回り始めた。
やがて裏庭の石段に腰を下ろし、ふうっとため息をつく。
そして考え始めた。
高香の顔を見たとたん、雪に対する行き場のない感情は消え去り、紫野はこれはいったいどうしたことだろうか、と不思議に思ったのである。
あたかも高香が、自分の悩みのすべてを取り去ってくれる存在のように、紫野には感じられたのだ。
さっき高香の手が置かれた肩が、まだその感触を残している。
それは、「あの」感覚を呼び起こしていた。
そう。紫野は、最近奇妙な感覚に戸惑っているのであった。
――動悸がし、下腹辺りが疼く感覚。
それは時々紫野を襲い、特に夜中、目が覚めて誰かのことを思い出した時に強く起こった。
それは雪だったり、疾風だったり、そして高香だったりする。
だが明らかなのは、高香のことを思った時が一番強くなるのだ。
紫野は今こそ、それを認めざるを得なくなったのである。
(ということは、俺は高香のことが一番好きなのだろうか? 雪よりも?)
紫野は首を横に振った。
(比べようがないじゃないか。高香は男だし、雪は女だ。でも――)
でももし、高香と裸で抱き合ったら、どんな感じがするだろう……。